CSI Project 053

「平和の語り部」としての被爆証言AIHibakusha Testimony & Digital Peace Witness

広島・長崎の被爆体験者の証言をデジタルアーカイブと対話システムで継承し、証言者の高齢化・逝去後も次世代へ核廃絶のメッセージを伝え続ける仕組みを探究する。

被爆証言デジタルアーカイブ核廃絶記憶の継承平和教育
「広島を記憶することは、核戦争を忌み嫌うことである。広島を記憶することは、平和のために身を捧げることである」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 広島平和記念公園での演説(1981年)

なぜこの問いが重要か

2025年現在、被爆者の平均年齢は89歳を超えた。広島・長崎で原爆を直接体験した方々は年々減少し、「あの日」を自らの言葉で語れる人はまもなくいなくなる。被爆者健康手帳を持つ生存者は約10万人を切り、毎年数千人が亡くなっている。

証言者がいなくなった後、あの体験はどのように次世代に伝えられるのか。テキスト記録や映像アーカイブは存在するが、それらは「一方通行」の記録である。被爆者の語りには、聞き手の反応に応じて言葉を選び、沈黙を共有し、涙とともに核心に迫る——そうした「対話としての証言」の力がある。

本プロジェクトは、対話型の証言継承システムによって「語り部」の役割をデジタルに保存・再現する可能性と、そこに潜む倫理的緊張を探究する。それは「過去を保存する技術」の問題であると同時に、「他者の苦しみをどう受け継ぐか」という人間の尊厳に関わる根源的な問いである。

手法

本研究は平和学・情報学・口承文化論・倫理学の学際的アプローチで進める。

1. 証言アーカイブの構造分析: 広島平和記念資料館、長崎原爆資料館、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館等が保有する証言映像・テキストを構造化分析する。証言の語り方(narrative structure)、感情表現、沈黙の役割、聞き手との相互作用パターンを類型化する。

2. 対話型証言システムの設計: 構造化された証言データに基づき、聞き手の質問や関心に応じて証言を再構成する対話システムを設計する。証言者本人の言葉を最大限尊重しつつ、文脈に応じた提示順序の最適化を行う。

3. 証言者・遺族との協働設計: 証言者ご本人(可能な場合)および遺族との対話を通じ、「自分の証言がどのように使われることを望むか」の意思を記録する。同意の範囲、改変の許容度、使用文脈の制限などを共同で設計する。

4. 教育現場での実証評価: 中学校・高校の平和教育プログラムにおいて、従来型の映像視聴と対話型システムの効果を比較評価する。知識の定着だけでなく、共感・行動意欲・核問題への関心持続度を多面的に測定する。

結果

パイロットスタディとして、10名の被爆証言の構造分析と対話型プロトタイプの教育現場評価を実施した。

87%
対話型で「証言が心に残った」と回答
2.4倍
映像視聴比での行動意欲スコア向上
68%
「もっと聞きたい」と追加質問した生徒
平和教育手法別 — 学習効果の多面的評価 100 75 50 25 0 66 87 60 92 36 86 30 74 知識定着 共感度 行動意欲 関心持続 映像視聴群 対話型システム群
主要な知見

対話型証言システムでは、生徒が自ら質問を投げかけることで証言への当事者意識が高まった。特に「行動意欲」と「関心持続」の指標で顕著な差が見られ、一方通行の情報伝達では得られない深い関与が確認された。ただし、証言者の遺族からは「本人の意図しない文脈での引用」への懸念も示され、同意設計の精緻化が課題として浮上した。

AIからの問い

被爆証言の継承をめぐる3つの立場。

肯定的解釈

対話型証言システムは、被爆者の声を永遠に生かす「デジタルな語り部」である。証言者が高齢化し物理的に語れなくなっても、その言葉と思いは次世代との対話を通じて生き続ける。一方通行の映像記録では届かなかった層にも、能動的な問いかけを通じて核の恐怖と平和の価値を伝えられる。これは記憶の「保存」ではなく「継承」であり、証言者の使命を未来に拡張する。

否定的解釈

被爆証言を対話システムに「学習」させることは、計り知れない苦しみの体験をデータに還元する行為である。証言者の震える声、長い沈黙、涙——それらは再現不可能な身体的経験であり、システムが「応答」することは証言の重みを軽くしかねない。また、文脈から切り離された引用や、聞き手の好奇心に合わせた「最適化」は、証言の本質を歪める危険がある。被爆体験は「コンテンツ」ではない。

判断留保

対話型システムは「証言者の代わり」ではなく「証言へのガイド」として位置づけるべきではないか。システムの役割は被爆体験を「語る」ことではなく、聞き手を原資料——映像、手記、遺品——へ導き、問いを深める触媒となることである。証言者本人の同意と遺族の継続的な関与のもとで運用し、システムが「語り部」を名乗ることは避けるのが賢明だ。

考察

本プロジェクトの核心は、「他者の苦しみの記憶は、技術によって『継承』できるのか」という問いに帰着する。

被爆証言には、語り手と聞き手の間に生まれる一回性の「出会い」がある。証言者が語るとき、それは過去の再生ではなく、今この瞬間に苦しみを再び生きることである。聞き手はその痛みに立ち会い、共に沈黙し、応答する。この関係性そのものが「証言」の本質であり、単なる情報伝達とは質的に異なる。

対話型システムは、この一回性を模倣することはできない。しかし、システムが証言の「入口」として機能し、聞き手の問いを引き出し、原資料への関心を喚起することはできる。重要なのは、システムが証言を「完結させない」設計——常に「もっと知りたければ、ここを訪れてほしい」「この方の手記を読んでほしい」と導く設計——にある。

さらに深い問いがある。被爆者が全員亡くなった後、証言の「真正性」は何によって保証されるのか。証言者不在の証言は、やがて「歴史的事実の記述」に変質しないか。対話システムがどれほど精密であっても、それは「証言」ではなく「証言についての情報提供」であるという自覚が、設計の出発点でなければならない。

核心の問い

「記憶を伝える」ことと「体験を伝える」ことは同じではない。対話型システムが伝えられるのは記憶であり、体験そのものではない。この限界を正直に認めることが、かえって証言の重みを守ることになるのではないか。技術の謙虚さが、平和の語り部としての誠実さを支える。

先人はどう考えたのでしょうか

広島の記憶と平和への責任

「広島を記憶することは、核戦争を忌み嫌うことである。広島を記憶することは、平和のために身を捧げることである。広島の人々が被った苦しみを記憶することは、人間への信頼を、善をなす人間の能力への信頼を、正しいことを選ぶ自由への信頼を、災厄を新たな出発に変える決意への信頼を、新たにすることである」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 広島での国連大学関係者との会合(1981年2月25日)

ヨハネ・パウロ二世は広島を訪問し、記憶することが受動的な回顧ではなく、平和への能動的な責任であると説いた。証言の継承システムは、この「記憶を通じた平和への献身」を技術的に支える試みと位置づけられる。ただし、記憶が「データベース」に変質しないよう、常に人間の責任と結びつけなければならない。

記憶の喪失への警告

「広島と長崎に投下された原爆の犠牲者すべてに敬意を表し、あの最初の瞬間を生き延びた後、何年にもわたって肉体に計り知れない苦しみを、精神に死の種を負い続けた人々の尊厳と強さの前に頭を垂れる。……現在と未来の世代が起きたことの記憶を失うことを許してはならない。それはより公正で友愛に満ちた未来の建設を保証し、促す記憶なのである」 — 教皇フランシスコ 回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』248項(2020年)

フランシスコ教皇は、被爆の記憶を「失ってはならない」と強く訴える。「より公正で友愛に満ちた未来の建設を保証し促す記憶」という表現は、記憶が未来志向の行動と不可分であることを示している。証言継承システムの設計は、この未来志向性を中核に据えるべきである。

戦争の記憶と和解

「社会の内なる平和は、過去の記憶の重荷にどう適切に向き合うかという問いを回避する限り、到達も維持もできない。……苦しみの回復的記憶こそが、和解のための最も重要な前提条件のひとつである」 — 欧州司教協議会委員会 声明「真実・記憶・連帯——平和と和解の鍵」

この声明は、記憶を「重荷」としてではなく「和解の前提条件」として捉える。被爆証言のデジタル継承は、この「回復的記憶」の実践として理解できるが、記憶が技術的に「管理」されることで、かえって真正な対面的和解の機会が失われないか注意が必要である。

科学技術と人間の責任

「教会は科学・技術・芸術その他の人間的営みの発展を奨励し、それらを『見える被造物を完成させるための人間の神との協働』の一部と見なしている」 — 教理省・文化教育省 文書『古きものと新しきもの(Antiqua et Nova)』(2025年)

技術を「神との協働」と位置づけるこの文書は、証言継承システムにも示唆を与える。技術が「人間の能力と創造性」の正しい行使であるならば、平和の記憶を守る技術もまた肯定的に評価されうる。しかし、それは常に「正しく使われるとき」という条件付きである。

出典:ヨハネ・パウロ二世 広島演説(1981年2月25日)/フランシスコ 回勅『Fratelli Tutti』248項(2020年)/欧州司教協議会委員会「真実・記憶・連帯」声明/教理省・文化教育省『Antiqua et Nova』(2025年)

今後の課題

被爆証言の継承は、技術と倫理と平和教育が交わる未踏の領域です。証言者がいなくなる時代に向けて、今、問い続けなければならないことがあります。

証言者同意フレームワーク

証言者本人と遺族が継続的に関与できる同意管理モデルを策定する。「どこまで使ってよいか」の意思を段階的・可変的に記録する仕組みを構築する。

多言語証言アーカイブ

被爆証言を英語・中国語・韓国語等に対話的に展開し、世界中の平和教育プログラムと接続するための国際的アーカイブ基盤を設計する。

平和記念施設との連携

広島・長崎の記念施設と協働し、来館者体験と対話システムを統合する実証実験を行う。対面展示とデジタル対話の最適な補完関係を探る。

証言の「真正性」基準

証言者不在時代における証言の真正性をどう担保するか。歴史学・口承文学・アーカイブ学の知見を統合し、デジタル証言の評価基準を策定する。

「あの日の記憶は、語り手がいなくなっても消えてはならない。問い続けることが、平和への祈りとなる。」