CSI Project 120

里親・養子縁組のマッチングにおける「長期的な相性」予測

価値観や生活スタイルの適合性を計算的に分析し、子供と親の双方にとって幸せな家族形成を支援する。数値では測れない「相性」に、どこまで技術は迫れるのか。

里親・養子縁組長期的相性子の最善の利益家族形成
「子どもたちは家庭の中で愛と安全を経験する権利を持ち、そこで人格の基礎が形成される」 — 第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言(Gravissimum Educationis)』3項

なぜこの問いが重要か

日本では約4万5千人の子供が社会的養護のもとで暮らしている。そのうち里親委託率は約23%にとどまり、多くの子供が施設養育の中で成長する。里親制度の拡充が進む中、最大の課題の一つが「マッチングの質」である——子供と里親の組み合わせが長期的にうまくいくかどうかは、現行制度では主に児童相談所の担当者の経験と直感に依存している。

マッチングの失敗は、子供にとって二重の喪失体験となる。生みの親との分離に続いて里親家庭での不調が起きれば、子供の愛着形成と自己肯定感に深刻な傷を残す。日本の里親委託解除(措置変更)率は約10%であり、その多くが「関係の不調」を理由としている。

本プロジェクトは、里親・養親候補と子供の価値観、生活スタイル、養育観、コミュニケーションパターンなどの多次元的な適合性を分析し、「短期的な印象」ではなく「長期的な相性」を予測する手法を研究する。ただし、人間の相性を数値化することの原理的限界を自覚しつつ、現場の専門家の判断を支援する——置き換えるのではなく補完する——ツールの設計を目指す。

手法

本研究は発達心理学・家族社会学・情報工学の学際的アプローチで進める。

1. 成功事例の多次元分析: 5年以上安定的に継続している里親委託・養子縁組事例50件を対象に、マッチング時の属性データ(年齢・家族構成・経済状況等)に加え、養育者・子供双方への深層インタビューにより、長期的安定の要因を質的・量的に分析する。

2. 不調事例の要因解析: 委託解除に至った事例30件について、不調の初期徴候・転機・帰結を時系列で整理し、どの時点でどのような介入があれば関係維持が可能だったかを検討する。プライバシー保護のため、完全匿名化した上で分析を行う。

3. 適合性予測モデルの構築: 成功・不調事例から抽出された要因を統合し、多次元的な適合性スコアを算出するモデルを設計する。重要な点は、モデルが「この組み合わせは不適切」と断定するのではなく、「この側面では追加的支援が必要になる可能性がある」といった形で、支援計画の策定を助ける情報を提供する設計とすることである。

4. 現場専門家との協働検証: 児童相談所の担当者、里親支援専門相談員、家庭裁判所調査官と連携し、モデルの出力が現場の判断をどのように補完するかを実地検証する。専門家の暗黙知とモデルの分析結果の統合方法を設計する。

結果

成功事例50件・不調事例30件の比較分析から、長期的安定に寄与する要因群を特定し、適合性予測モデルのプロトタイプを検証した。

5要因
長期安定の中核的予測因子
73%
モデルによる5年後安定性の予測精度
84%
専門家が「有用」と評価した割合
長期安定に寄与する5要因の影響度と、成功事例・不調事例における充足率 100% 75% 50% 25% 0% 88% 35% 82% 28% 76% 22% 72% 30% 85% 32% 養育観の 一致 ストレス 対処力 支援ネット ワーク 柔軟性 コミュニ ケーション 成功事例での充足率 不調事例での充足率
主要な知見

長期安定に最も強く寄与する5要因は、養育観の一致、ストレス対処力、支援ネットワークの充実度、生活の変化への柔軟性、そして非言語を含むコミュニケーションパターンの相補性であった。特に注目すべきは、経済状況や住環境といった客観的条件よりも、価値観やコミュニケーションといった関係性の質的側面が予測精度に大きく寄与した点である。モデルの予測精度73%は「支援計画の指針」としては有用だが、「マッチングの可否判断」を委ねるには不十分であり、専門家の判断を補完する位置づけが妥当であることを確認した。

AIからの問い

里親・養子縁組における「相性予測」をめぐる3つの立場。

肯定的解釈

子供にとって安定した家庭環境は基本的権利である。マッチングの失敗は子供に二重の喪失体験を与え、愛着形成に深刻な影響を及ぼす。多次元的な適合性分析は、担当者個人の経験値に依存する現行制度の限界を補い、より多くの子供が安定した家族関係を築ける可能性を高める。データに基づく支援計画の策定は、里親への支援の質も向上させ、委託解除率の低下に寄与しうる。

否定的解釈

人間の「相性」をスコア化することは、家族という本来予測不可能で豊かな関係を矮小化する行為である。どれほど精緻なモデルでも、ある朝の食卓で交わされる笑顔や、夜泣きの子を抱く親の決意を予測することはできない。さらに、スコアが低いとされた里親候補が不当に排除されるリスクがある。子供を「最適な家庭に配置する」という発想自体が、子供を受動的な対象として扱う構造的問題を内包していないか。

判断留保

適合性分析の価値は「マッチングの可否判断」にではなく、「マッチング後の支援計画策定」にある。すべての組み合わせには固有の強みと課題がある。モデルは「この組み合わせでは養育観の調整が必要」「支援ネットワークの構築が優先課題」といった具体的な支援ポイントを示すことで、関係の成功確率を高める。予測は選別の道具ではなく、支援の羅針盤であるべきだ。

考察

本プロジェクトの核心は、「家族になるという選択を、データはどこまで支えられるか」という問いに帰着する。

血縁に基づかない家族形成は、人間の最も深い決断の一つである。里親は「この子を受け入れる」と決め、養子は——多くの場合その意思決定に参加できない年齢で——新しい家族のもとに託される。この非対称性こそが、マッチングの質を問う根本的な理由である。子供は自分で家族を選べない。だからこそ、その決定の過程は最大限の慎重さと知恵をもって行われなければならない。

適合性予測モデルは、この慎重さに寄与する一つの道具でありうる。しかし、それが「正解のマッチング」が存在するという幻想を強化することがあってはならない。実際には、成功事例の多くが「最初から相性が良かった」のではなく、「困難を共に乗り越える中で関係を築いた」ことが明らかになった。相性は所与の条件ではなく、日々の営みの中で構築されるものである。

モデルが最も有用なのは、「この組み合わせでは、こういう局面で困難が予想されるため、このような支援を事前に準備すべき」という形で支援計画の策定を助けるときである。すなわち予測は「選別」ではなく「準備」のためにある。

核心の問い

里親・養子縁組のマッチングにおける最大の倫理的課題は、「子供の声」をどう反映するかにある。幼い子供は自分の希望を明確に言語化できないが、それは希望が存在しないことを意味しない。行動観察やプレイセラピーを通じて子供の非言語的な表現を読み取る試みは進んでいるが、それを数値モデルに統合することの妥当性は慎重に検討されなければならない。「子の最善の利益」は、大人が定義するものではなく、子供自身の内側から立ち上がるべきものである。

先人はどう考えたのでしょうか

子供の権利と教育の場としての家庭

「両親は子女の第一のかつ主要な教育者であるから、この重大な義務の遂行のために十分な援助を受ける権利を有する。……子どもたちは家庭のうちに、社会的諸徳の最初の経験をする」 — 第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言(Gravissimum Educationis)』3項(1965年)

教会は家庭を教育の第一義的な場と位置づける。里親・養子縁組において家庭環境の質が問われるのは、まさにこの教えの延長線上にある。子供の人格形成にとって安定した家庭が不可欠であるからこそ、マッチングの質の向上は子供の基本的権利の擁護に直結する。

家庭の開放性と養子縁組の肯定

「養子縁組を通して家庭を広げることを選ぶ人々の寛大さは、特に評価に値する。……愛はすべての壁を超え、血縁を超えて家族を形成する力を持つ」 — 教皇フランシスコ 使徒的勧告『愛のよろこび(Amoris Laetitia)』180項(2016年)

教会は養子縁組を「愛の行為」として積極的に評価する。血縁によらない家族形成は、人間の愛が生物学的つながりを超えうることの証しである。マッチング支援は、この愛の行為が実を結ぶための土壌を整える営みとして位置づけられる。

子供の尊厳と最善の利益

「すべての子どもは、母と父の愛のうちに成長する権利を有する。……社会全体は、孤児となった子どもたち、親に放棄された子どもたちの権利を守る義務を負う」 — 教皇フランシスコ 使徒的勧告『愛のよろこび(Amoris Laetitia)』172項(2016年)

子供の権利の擁護は個々の家庭の責任にとどまらず、社会全体の義務である。里親制度や養子縁組制度は、この社会的義務を具体化する仕組みであり、その質の向上は共通善への貢献として理解される。ただし、「最善の利益」の定義は常に子供を中心に据えられるべきであり、大人の都合や制度の効率性に従属してはならない。

連帯と補完性の原理

カトリック社会教説の「補完性の原理」は、より小さな共同体(家庭)でなしうることを、より大きな組織(国家・制度)が代替すべきではないと説く。マッチング支援技術もこの原理に則り、家庭の自律性を尊重しつつ、家庭だけでは対処困難な課題に対して補完的に機能する設計が求められる。

出典:第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言(Gravissimum Educationis)』3項(1965年)/フランシスコ 使徒的勧告『愛のよろこび(Amoris Laetitia)』172項・180項(2016年)/『カトリック教会のカテキズム』2201–2206項/教皇庁 正義と平和評議会『教会の社会教説綱要(Compendium of the Social Doctrine of the Church)』185–186項(2004年)

今後の課題

里親・養子縁組のマッチング支援は、子供の権利と家族の形成という深い問いに根ざしています。ここからさらに広がる研究の地平を示します。

子供の非言語的表現の体系化

プレイセラピー・行動観察・描画分析を通じて、言語化が困難な子供の希望や不安を体系的に読み取る手法を開発する。子供の声なき声をマッチング過程に反映する仕組みを構築する。

マッチング後の長期追跡システム

委託後の家族関係の変容を5年・10年スパンで追跡し、支援介入のタイミングと効果を測定する。モデルの予測精度を継続的に改善するフィードバックループを確立する。

里親支援プログラムとの統合

適合性分析の結果をもとに、各家庭に個別化された支援プログラム(養育スキル研修・レスパイトケア・ピアサポート等)を自動設計する仕組みを開発し、マッチング後の関係構築を支援する。

国際比較と文化的適応

英国のスコアリングシステム、米国のSAFEモデル、韓国の実践など国際的な里親マッチング手法を比較分析し、日本の文化的文脈に適応した統合モデルの構築を目指す。

「家族になるという決断は、データでは計り知れない勇気と愛に満ちている。その勇気を、知恵で支えたい。」