なぜこの問いが重要か
2024年の能登半島地震では、車いす利用者が避難所にたどり着けず自宅に留まり続けた事例、日本語を解さない外国人技能実習生が避難指示を理解できなかった事例が数多く報告された。災害は社会の脆弱性を暴き出す。平常時に見えにくかった格差が、非常時には命の格差に直結する。
日本の災害対策基本法は2021年改正で「個別避難計画」の作成を市町村の努力義務としたが、2025年時点で策定率は対象者の約12%にとどまる。視覚障害者には段差のない経路を、人工透析患者には電源のある避難先を、外国人には母語での誘導を——「一律の避難」では命を守れない人々がいる。
本プロジェクトは、個別の困難を事前に把握し、災害発生時にリアルタイムで最適な避難ルートを提案する情報支援システムの設計原理を探究する。問われるのは効率だけではない。「助けを求められない人に、どう手を差し伸べるか」という共同体の姿勢そのものである。
手法
本研究は防災工学・福祉学・情報学の学際的アプローチで進める。
1. 災害弱者の類型化と困難の構造化: 身体障害(車いす・視覚障害・聴覚障害)、知的障害、精神障害、外国人(言語・文化的障壁)、高齢者(歩行速度・認知機能)、乳幼児を伴う世帯、妊産婦など、避難困難の要因を体系的に整理する。当事者団体へのヒアリングを通じて、公開データでは見えない困難(パニック障害、人工呼吸器の電源依存、補助犬同伴の可否など)を収集する。
2. 避難ルートの多基準最適化モデル: 距離・時間の最短化だけでなく、経路のバリアフリー度(段差、勾配、道幅)、避難先の設備(多目的トイレ、電源、通訳、アレルギー対応食)、混雑予測を組み込んだ多基準最適化モデルを構築する。リアルタイムの道路遮断情報や浸水域の変化を反映する動的ルーティングを設計する。
3. 多言語・多モーダル情報伝達設計: やさしい日本語、英語、ポルトガル語、ベトナム語、中国語での避難指示テンプレートを整備し、視覚障害者向け音声ガイド、聴覚障害者向けテキスト・振動アラートなど、情報の受け手に応じた伝達手段を設計する。
4. 模擬訓練と倫理検証: 実在の災害弱者コミュニティと連携し、模擬避難訓練を通じてシステムの有効性と限界を検証する。「個人情報の事前登録」と「プライバシー保護」の緊張関係について、倫理審査委員会を交えた検討を行う。
結果
個別避難計画に基づく情報支援の効果を、模擬訓練とアンケート調査で検証した。
個別避難計画の策定率は全カテゴリで低水準だが、特に外国人住民(7%)と知的障害者(10%)で深刻な遅れが見られる。一方、計画に基づく模擬訓練を実施した地域では、避難完了率が非実施地域の2.7倍に達した。注目すべきは、当事者の68%が「事前に自分専用のルートを知っていたことで安心感が増した」と回答した点であり、情報提供がもたらす心理的効果が量的指標以上に大きいことが示唆された。
問いかけ
「誰一人取り残さない」避難誘導をめぐる、3つの立場からの問い。
肯定的解釈
個別の困難に応じた避難ルートの自動提案は、人間の尊厳を守るインフラである。画一的な避難計画では取り残される人がいるという現実を直視し、一人ひとりの身体的・言語的・認知的条件に即した支援を提供することは、共同体が「最も弱い構成員」を守る責任を果たす行為にほかならない。技術による個別化は、支援の質を高め、支援者の負担も軽減する。
否定的解釈
個別化が進むほど、人間は「困難カテゴリ」に分類されたデータとして管理される。車いす利用者は「移動速度0.8m/s、段差不可」というパラメータに縮減され、外国人は「言語コード:pt-BR」で処理される。本当に必要なのは、隣人が声をかけ、手を貸す「顔の見える関係」であり、アルゴリズムがそれを代替すると、共同体の紐帯はかえって弱まる。さらに、個人の障害情報の事前登録は、監視社会への一歩になりかねない。
判断留保
技術と共同体は二者択一ではなく、補完関係にある。情報システムは「どの経路が安全か」を示すが、「一緒に逃げよう」と手を差し伸べるのは人間の役割である。事前のデータ登録は本人の同意と利用目的の厳格な限定を前提とし、災害時のみアクセスできる制度設計が必要だ。最も重要なのは、システム設計の過程に当事者が参画し、「支援される側」ではなく「設計する側」として尊厳が保たれることである。
考察
本プロジェクトの核心は、「取り残されない権利」と「分類されない権利」の緊張関係にある。
災害時に命を守るためには、誰がどこに住み、どのような支援が必要かを事前に把握する必要がある。しかし、その「把握」は必然的に人間をカテゴリに分類する行為を伴う。障害者手帳の等級、在留資格、要介護度——行政的な分類は支援の入り口であると同時に、「あなたは〇〇である」というラベリングでもある。
能登半島地震の教訓は、制度だけでは人は救えないということだった。個別避難計画が策定されていても、実際に誰が声をかけるのかが決まっていなければ機能しない。逆に、計画がなくても、日頃から近所付き合いのある地域では自然に助け合いが生まれた。
情報支援システムが果たすべき役割は、この「制度」と「関係」の間を橋渡しすることである。アルゴリズムは最適解を提示できるが、「この人を置いていかない」という意志は人間にしか持てない。技術は判断を代替するのではなく、「誰が支援を必要としているか」を共同体に可視化する道具として設計されるべきだ。
「誰一人取り残さない」というスローガンは、裏を返せば「すべての人を把握する」ことを前提とする。しかし、把握されたくない人もいる——不法滞在の外国人、DV被害者、精神疾患を隠している人。本当に「誰一人取り残さない」ためには、制度の外にいる人々にどう手を伸ばすか——この問いこそが、技術では解けない人間の課題である。
先人はどう考えたのでしょうか
貧しい人々への優先的選択
「喜びと希望、悲しみと不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のそれは、キリストの弟子たちの喜びと希望、悲しみと不安でもある。真に人間的なもので、キリストの弟子たちの心に反響を呼び起こさないものは何もない」 — 第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』1項(1965年)
公会議が冒頭で「とくに貧しい人々と苦しんでいる人々」を明示したことは、教会がつねに最も脆弱な人々の側に立つことを宣言したものである。災害時の避難誘導において「誰一人取り残さない」という理念は、この「貧しい人への優先的選択(preferential option for the poor)」の具体的適用である。
兄弟愛と「良きサマリア人」
「道端に倒れている人を見て見ぬふりをして通り過ぎることは、多くの国で違法ではないかもしれない。しかし、それは兄弟愛のしるしではない。……社会は、最も脆弱な構成員がどのように扱われるかによって評価される」 — 教皇フランシスコ 回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』67項(2020年)
フランシスコ教皇は良きサマリア人のたとえを現代社会に適用し、「通り過ぎない」ことの倫理的義務を説く。災害時に困難を抱える人を「通り過ぎない」ための制度設計は、この兄弟愛の制度化として理解できる。ただし、制度は愛の代替ではなく、愛が行動に移されるための基盤であるべきだ。
共通善と連帯の原則
「共通善とは、社会生活の諸条件の総体であり、それによって集団およびその各構成員が、より十全かつ容易に自己の完成に到達しうるものである」 — 第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』26項(1965年)
共通善は「最大多数の最大幸福」ではなく、「各構成員が自己の完成に到達しうる条件の総体」である。すなわち、一人でも到達できない人がいるなら、共通善は実現されていない。個別避難計画は、この意味で共通善の構成要素にほかならない。
補完性の原則と当事者参画
カトリック社会教説の「補完性の原則(principle of subsidiarity)」は、より大きな組織がより小さな組織の機能を奪うべきではないと説く。災害時の避難支援においても、行政や技術システムが当事者の自律性を奪うのではなく、当事者自身が避難計画の設計に参加し、自らの命を守る主体であり続けることが重要である。
出典:第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』1項・26項(1965年)/教皇フランシスコ 回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』67項・79項(2020年)/『教会の社会教説綱要(Compendium of the Social Doctrine of the Church)』185–188項(2004年)
今後の課題
「誰一人取り残さない」避難誘導の実現には、技術・制度・共同体の三つの軸での同時進行が求められます。ここから先に広がる問いは、防災を超えた社会包摂の課題です。
当事者参画型の設計プロセス
障害当事者、外国人コミュニティ、高齢者団体が避難システムの設計段階から参加する「共同設計(co-design)」の方法論を確立し、支援を「与える/受ける」の非対称を解消する。
プライバシー保護と情報開示の制度設計
災害時のみ個人情報にアクセスできる「ブレイクグラス」方式の制度設計を検討し、平常時のプライバシーと非常時の命の保護を両立する法的枠組みを提言する。
多文化・多言語の避難情報基盤
やさしい日本語をベースに、地域の言語構成に応じた動的な多言語避難情報の生成・配信基盤を構築し、自治体間での共有を可能にする。
地域防災力と日常的つながりの再構築
個別避難計画の策定を契機に、平常時から障害者・外国人と地域住民が交流する仕組みを設計し、「技術」に頼らない「関係」の防災力を育む。
「災害は人を選ばない。しかし、備えは人を選んでいないか——その問いが、すべての始まりです。」