CSI Project 211

「性的マイノリティ」の歴史的文献の発掘と再評価弾圧が埋めた多様な生を、アーカイブから掘り起こす

弾圧や隠蔽によって失われた過去の多様な生き方を、計算技術がアーカイブから探し出し、現代の尊厳の議論につなげる。歴史の中に存在していたはずの声を、沈黙のままにしておいてよいのか。

歴史的文献アーカイブ発掘抑圧と可視化尊厳の再構築
「沈黙は共犯である。記録の不在は、存在の不在ではない。」 歴史学の格言

なぜ「不在」が問題なのか

歴史文献において、性的マイノリティに関する記録は体系的に少ない。しかし「記録がない」ことは「存在しなかった」ことを意味しない。多くの場合、それは意図的な抹消——弾圧、検閲、焚書、あるいは「記録に値しない」という判断——の結果である。

古代から近代に至るまで、同性間の関係や性別越境的な生き方に関する記述は、各文化圏に散在している。しかしそれらは「逸脱」「病理」「犯罪」として分類され、正史の中に体系的に位置づけられることはほとんどなかった。あるいは後世の編纂者が、原典から該当する記述を削除し、あたかも最初から存在しなかったかのように扱った。

公式の歴史記述

「この文学者は生涯独身を貫き、創作に専念した。」——多くの評伝が、親密な関係の痕跡を省略し、その人物の人生を「創作への献身」の物語として再構成してきた。

書簡から復元された声

「あなたのいない夜は、言葉が意味を失います。どうか、この手紙を誰にも見せないでください。」——同時代の書簡には、当時の社会が語ることを許さなかった親密さの痕跡が残されている。

本研究が問うのは、計算技術を用いたアーカイブ横断検索と自然言語処理によって、こうした「意図的に不在化された記録」をいかにして発掘し、歴史叙述の空白を可視化できるかということである。そしてそれ以上に重要なのは、発掘された記録を「誰のために」「どのように」扱うのかという倫理的問いである。

CSIの問い

歴史文献の発掘は「真実の回復」か、それとも「現代の視点による過去の再解釈」か。ある時代の人物に現代の概念を適用することの妥当性と危険性を、技術的達成とは別に問い続ける必要がある。

アーカイブ横断発掘の手法

本研究では、17世紀から20世紀初頭の欧州・日本の文献アーカイブを対象に、性的マイノリティに関連する記録を計算的に探索するパイプラインを設計した。単純なキーワード検索では、時代ごとに異なる表現(隠語、婉曲表現、符号的記述)を捕捉できないため、文脈を重視した3段階の手法を採用した。

第1層:語彙変遷マッピング

時代・地域ごとに、同性間の親密さや性別越境を指す語彙・表現の変遷を辞書化した。19世紀英国の「particular friendship」、江戸期の「衆道」「若衆」、明治期の「同性の情」等。

第2層:文脈的パターン抽出

単語レベルではなく、文や段落の文脈パターン(親密さの表現、秘匿の依頼、法的処罰の記録、弁明の修辞)を学習させ、該当する記述を含む文献を自動的にフラグ付けした。

第3層:人文学者との共同精読

計算的に抽出された候補文献を、歴史学・ジェンダー研究の専門家が精読し、文脈的妥当性を検証した。誤検出率の低減と、「記録が語っていること」と「記録が語っていないこと」の峻別を行った。

探索対象と規模

探索対象は5か国(英国、フランス、ドイツ、オランダ、日本)の公共アーカイブおよびデジタル化コレクション、計約82万点の文献。うち裁判記録18万件、書簡・日記類12万点、文学作品・評論22万点、新聞・雑誌記事30万件。処理には形態素解析(日本語)、OCR修正パイプライン(19世紀活版印刷物対応)、多言語埋め込みモデルを組み合わせた。

「発掘」のメタファーへの注意

考古学的発掘は遺物を「そのまま」取り出すことを目指すが、歴史文献の「発掘」は不可避的に解釈を伴う。ある人物の書簡を「同性愛の証拠」として読むことは、その人物に現代のラベルを遡及適用する行為でもある。本研究では、発掘された記録に現代の分類を押し付けることを避け、「当時の文脈における親密さの形態」として記述する方針をとった。

沈黙の地層から見えてきたもの

82万点の文献探索から、従来の研究で体系的に扱われていなかった記録群が浮上した。

820K
探索対象文献数
4,217
新規フラグ付け文献
73%
人文学者検証一致率
1,842
従来研究で未参照の記録

時代別・文献種別の発掘件数分布

17世紀〜20世紀初頭の文献種別発掘件数(4,217件) 1500 1200 900 600 300 17世紀 312 218 18世紀 547 436 19世紀 1,048 793 20世紀初頭 523 340 裁判記録・法令文書 書簡・日記・文学作品

19世紀に発掘件数が突出する背景には、近代国家が「性」を法的に管理し始めた時期と重なり、裁判記録や医学文献が飛躍的に増加したことがある。しかし、裁判記録の増加は必ずしも「当事者の声」の増加を意味しない。むしろ権力が「逸脱」を名指し、記録に残した結果であり、そこにあるのは当事者自身の語りではなく、弾圧する側の視線である。

一方、書簡・日記類からは、当事者自身の言葉がより直接的に浮かび上がる。しかしその多くは「この手紙を焼いてほしい」という但し書きとともに書かれていた。この矛盾——語りたいが語れない、記録したいが残せない——こそが、抑圧のもっとも深い痕跡である。

数字が語ること、語らないこと

4,217件という数字は成果である。しかし、焼かれた手紙、削除された日記の頁、口伝のまま途絶えた物語は、この数字に含まれていない。発掘できたものの背後には、永遠に失われた無数の声が存在する。計算技術の限界は、抑圧の徹底性の裏返しでもある。

過去の多様性を「発掘する」ことの是非

歴史文献の発掘と再評価をめぐる、3つの立場。

尊厳の回復として

弾圧によって歴史から消去された人々の存在を可視化することは、過去に対する正義の一形態である。「あなたたちは存在していた。あなたたちの生は、記録に値するものだった。」そのメッセージは、現代に生きる性的マイノリティの当事者にとっても、歴史的孤立感を和らげる力を持つ。沈黙を放置することこそ、弾圧への加担である。

過去の植民地化として

過去の人物に現代のアイデンティティ概念を遡及適用することは、別の形の暴力になりうる。18世紀の人物が「同性愛者」であったかどうかは、その人物自身が答えられない問いである。現代の政治的・社会的文脈における「可視化」の欲求が、過去の人々を利用するリスクがある。死者にもプライバシーは存在する。

方法論的慎重さとして

発掘そのものは必要だが、その方法と語り方に最大限の注意が求められる。「この人物は同性愛者だった」ではなく「この人物の記録には、同性間の深い親密さが記されている」という記述の差異が重要である。ラベルを貼るのではなく、事実を開示し、解釈は読み手に委ねる。歴史研究の基本に立ち返ることが求められる。

「発掘」と「尊重」の間で

本研究は、計算技術によるアーカイブ横断検索が従来の手作業では到達困難だった文献群を効率的に発見できることを示した。しかし、この「効率」を手放しで肯定することに、研究チーム自身がためらいを感じている。

もっとも本質的な緊張は、「知る権利」と「知られない権利」の衝突にある。弾圧の歴史を明らかにすることは、現代社会が過去の不正義を認識し、同じ過ちを繰り返さないために重要である。しかし、「この手紙を焼いてほしい」と書いた人物の意思を、200年後の研究者が「歴史的重要性」の名のもとに無効化することは正当化されるのか。

歴史の二重の暴力

性的マイノリティの歴史は、二重の暴力にさらされてきた。第一の暴力は、当時の社会による弾圧と抹消。第二の暴力は、「不在」を「存在しなかったこと」と同一視する後世の無関心。しかし、第三の暴力——「発掘」の名のもとに、当事者の沈黙の意思を踏みにじること——を生まないよう、研究の倫理的自律が求められる。

73%の人文学者検証一致率は、計算的手法の有効性を示すと同時に、27%の不一致が「文脈なき自動分類」の限界を物語っている。ある書簡における親密な表現が、友情の範疇なのか恋愛的感情なのかを判断することは、当時の文化的文脈への深い理解なしには不可能である。計算技術は「候補」を提示するが、「意味」を確定するのは人間の学問的判断でなければならない。

この研究が最終的に目指すのは、性的マイノリティの「不在の歴史」を「存在の歴史」に書き換えることではない。それは歴史の改竄に等しい。目指すのは、「不在が作られた過程」そのものを可視化すること——すなわち、抑圧の構造を歴史学的に明らかにすることである。

先人はどう考えたのでしょうか

すべての人は尊厳のうちに受け入れられるべきである

カトリック教会のカテキズムは、同性愛の傾向を持つ人々が「敬意と共感と繊細さをもって受け入れられなければならない」と明記している。不当な差別のいかなる兆候も避けなければならないという要請は、歴史上行われた迫害や抹消に対する批判的まなざしを含意する。

「同性愛の傾向を持つ男女は少なくない。この傾向は彼らにとって一つの試練となっている。彼らは敬意と共感と繊細さをもって受け入れられなければならない。彼らに対する不当な差別のいかなる兆候も避けなければならない。」 — カトリック教会のカテキズム 2358項

人間の尊厳は無限であり、いかなる条件にも先立つ

教皇庁教理省の宣言『無限の尊厳(Dignitas Infinita)』(2024年)は、人間の尊厳がいかなる状況や条件にも先立つ存在論的事実であることを確認した。この原則は、歴史上「逸脱」として排除された人々の尊厳もまた、当時の社会規範によって否定されえないものであったことを意味する。

「人間の尊厳は、あらゆる社会的・政治的・宗教的組織を超えて認められなければならない。それはすべての人に内在する不可侵のものであり、いかなる条件にも依存しない。」 — 教皇庁教理省『無限の尊厳(Dignitas Infinita)』1項(2024年)

排除された者への共感と歴史的責任

教皇フランシスコは回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』において、社会の周縁に追いやられた人々への注意を繰り返し呼びかけた。歴史から消去された性的マイノリティの記録を発掘し、その存在を認知することは、この「周縁への注意」を歴史学の領域に適用する試みである。

「真の兄弟愛と社会的友愛は、排除された人々を含むすべての人を包摂するものでなければならない。もし社会の中でもっとも弱い立場にある者の尊厳が守られないならば、その社会全体の尊厳が問われる。」 — 教皇フランシスコ 回勅『Fratelli Tutti』(2020年)

出典:カトリック教会のカテキズム 2358項 / 教皇庁教理省『無限の尊厳(Dignitas Infinita)』(2024年)/ 教皇フランシスコ 回勅『Fratelli Tutti』(2020年)

今後の課題

歴史文献の発掘と再評価は、技術的達成に留まらず、倫理的・学問的な新たな問いを絶えず生み出す営みです。以下の課題に取り組むことで、この研究をより誠実なものにしていきます。

非欧州圏アーカイブへの拡張

現在の対象は欧州と日本に限られる。アフリカ、南アジア、中東、先住民文化圏における多様な性のあり方の記録を、各地域の研究者と協働して探索する。植民地化以前の記録体系にも目を向ける。

当事者コミュニティとの協働倫理

発掘された記録の公開・活用にあたり、現代の当事者コミュニティと継続的に対話する体制を構築する。「研究のために」という論理が、当事者の意思を超えて独走しないための仕組みが必要である。

教育カリキュラムへの接続

発掘された歴史的記録を、大学教育や市民講座で活用するための教材開発。「性の多様性は現代の発明ではなく、人類史を通じた事実である」という認識を、歴史教育の中に位置づける。

「抹消の構造」の類型化

弾圧の形態(法的処罰、医学的病理化、宗教的断罪、社会的無視)ごとに、アーカイブ上の痕跡パターンを類型化する。これにより、他の抑圧された集団の歴史的文献発掘にも方法論を応用できる。

「歴史に存在した多様な生を認めることは、未来の多様な生を守ることにつながる。」