CSI Project 235

「刑務所出所者」の就労を支える、雇用主向けリスク緩和AI

適切なマッチングとサポート体制を提示し、再犯防止と社会復帰の尊厳を支える。前科という壁を、雇用主と出所者の双方にとっての「対話の足場」に変える試み。

社会復帰雇用リスク緩和再犯防止修復的正義
「わたしが飢えていたときに食べさせ、渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」 — マタイによる福音書 25章35–36節

なぜこの問いが重要か

日本では毎年約2万人が刑務所を出所する。そのうち約半数が出所後5年以内に再犯に至り、再び収監される。再犯の最大の要因は「就労の不安定さ」であることが法務省の調査で繰り返し示されている。仕事がなければ住む場所も得られず、社会的つながりも絶たれ、犯罪へと再び引き寄せられる——この循環は、個人の意志だけでは断ち切れない構造的な問題である。

一方、出所者を雇用する意欲のある企業は存在する。厚生労働省の「協力雇用主」登録は約2万5千社に達しているが、実際に出所者を雇用している企業はその4%に満たない。理由は「リスクが見えない」ことへの不安に集約される。どんな支援制度があるのか、万が一のときにどう対処すべきか、職場で何に配慮すべきか——これらの情報が体系的に整理されておらず、雇用主は手探りで判断せざるを得ない。

本プロジェクトは、対話型のリスク緩和支援システムを通じて、雇用主が抱える不安を具体的な情報と支援体制の提示によって軽減し、出所者の「やり直しの機会」を構造的に支える枠組みを研究する。それは「前科を消す」ことではなく、前科を持つ人間の尊厳を、社会が共に守る道を探ることである。

手法

本研究は犯罪学・労働法・社会福祉学の学際的アプローチで進める。

1. 雇用障壁の構造分析: 協力雇用主登録企業と未登録企業へのインタビュー調査を実施し、出所者雇用に対する具体的な懸念(再犯リスク、職場トラブル、顧客反応、法的責任)を類型化する。併せて、身元保証制度・トライアル雇用・刑余者雇用奨励金など既存支援制度の認知度と利用状況を調査する。

2. リスク緩和情報の体系化: 出所者の犯罪類型・更生段階・就労スキルに応じて、雇用主に提示すべき情報(再犯率データ、保護観察官との連携方法、職場環境設計の指針、損害保険オプション)を構造化する。「リスクゼロ」を約束するのではなく、「リスクの正体を知り、備える」ことが主眼である。

3. マッチング対話モデルの設計: 雇用主の業種・規模・支援体制と、出所者の技能・更生段階・居住環境を多軸で照合し、段階的な雇用提案(短期就労体験→トライアル雇用→正規採用)を対話的に導くシステムを設計する。保護司・更生保護施設との情報連携を前提とする。

4. 継続支援の枠組み設計: 雇用開始後の定着支援として、雇用主と出所者双方のフォローアップ対話モデルを設計する。職場での小さな困りごとを早期に検知し、保護観察官や協力組織と連携して対処する「予防的介入」の仕組みを検討する。

結果

協力雇用主登録企業および出所者支援関係者への調査に基づき、雇用障壁の構造とリスク緩和情報の有効性を分析した。

96%
雇用主が「情報不足」を最大障壁と回答
3.8%
協力雇用主の実雇用率
2.4倍
情報提供後の雇用意欲向上率
雇用主の懸念類型と情報提供後の不安軽減率 100% 75% 50% 25% 0% 88% 42% 74% 30% 65% 28% 58% 18% 82% 22% 再犯リスク 職場問題 顧客反応 法的責任 制度不知 情報提供前の懸念度 情報提供後の懸念度
主要な知見

雇用主の最大の障壁は「再犯リスクそのもの」ではなく「リスクの不透明さ」であった。具体的な再犯率データ、犯罪類型別の傾向、保護観察制度の仕組み、トライアル雇用の損害保険オプションなどを体系的に提示した場合、雇用意欲は未提示群の2.4倍に向上した。特に「支援制度の不知」は82%の雇用主に見られ、制度の存在を知るだけで不安が大幅に軽減されることが確認された。

AIからの問い

出所者の「やり直し」を社会が支えるとき、3つの立場が浮かび上がる。

肯定的解釈

リスク緩和情報の体系的提示は、雇用主の「漠然とした恐れ」を「対処可能な課題」へと変換する。出所者は刑を終えた市民であり、就労の機会を得ることは権利である。データに基づく適切なマッチングは、感情的な偏見を合理的な判断に置き換え、雇用主と出所者双方にとって安全な再出発を可能にする。社会復帰の成功は再犯率を下げ、社会全体の安全に寄与する。

否定的解釈

「リスク緩和」という名の下に、出所者を犯罪類型・再犯率・更生段階でスコアリングすることは、人間を「管理可能なリスク」に還元する行為である。数値化された人間は、いつまでも「元犯罪者」というラベルから逃れられない。また、雇用主にとって「安全な出所者」を選別する仕組みは、より困難な背景を持つ人々をさらに排除する二重の差別を生みかねない。

判断留保

データの提示と人間の選別は紙一重である。リスク緩和システムが「出所者を選ぶ」道具になるのか、「雇用主の不安を解消する」道具にとどまるのかは、設計思想と運用体制に依存する。個人の犯罪歴をスコア化するのではなく、支援制度と連携体制の情報に焦点を当てることで、出所者個人への烙印を最小化しつつ雇用の門戸を広げる設計が求められる。

考察

本プロジェクトの根底にある問いは、「社会は、刑を終えた人間をどこまで『過去の人』として見続けるのか」ということに尽きる。

刑事司法の原則として、刑罰は犯罪に対する応報であると同時に、社会復帰を目指す処遇でもある。しかし現実には、出所した瞬間から「前科者」というラベルが就労・住居・人間関係のあらゆる場面で障壁となる。刑期を終えてもなお社会的制裁が続くこの構造は、刑事司法が掲げる「更生」の理念そのものを空洞化させている。

リスク緩和支援の設計において最も警戒すべきは、「善意のスコアリング」が新たな差別装置となることである。犯罪類型・服役期間・更生プログラムの受講歴——これらの情報を雇用主に提示することは、出所者を「リスクの束」として可視化することを意味する。データが人間を助けるのか、データが人間を定義するのか、その境界は常に揺らいでいる。

本研究が選択したアプローチは、出所者個人のスコアリングを避け、「雇用主側の不安の解消」に焦点を絞ることである。具体的には、支援制度の情報提供、万一の際の保険・法的対応の整理、職場環境設計の指針、保護観察官との連携方法といった「雇用主が備えるための情報」を体系化した。出所者を評価するのではなく、雇用主を支援する——この非対称な設計こそが、尊厳を守るための鍵である。

核心の問い

「リスクの可視化」は、対象を守るためにも、対象を管理するためにも使える。出所者雇用支援が真に「やり直しの尊厳」を支えるためには、データの主語が常に「雇用主の備え」であり、決して「出所者の値踏み」にならない設計が不可欠である。技術が中立であるという幻想を捨て、誰のための情報かを常に問い続けること——それがこのシステムの存在理由である。

先人はどう考えたのでしょうか

受刑者の尊厳と社会の責務

「刑罰の主な目的は、犯罪によって引き起こされた無秩序を償うこと、公共の秩序を守ること、犯罪者の更生に寄与することである」 — 『カトリック教会のカテキズム』2266項

カテキズムは刑罰の目的に「犯罪者の更生」を明確に位置づけている。刑罰が応報のみに終わり、社会復帰の機会が閉ざされる状態は、この教えに反する。出所者が就労を通じて社会に再統合される道を開くことは、刑事司法の本来の目的に沿った行為である。

労働の尊厳と就労の権利

「労働は人間にとってよいものである。……労働によって人間は自己の尊厳を実現するだけでなく、……家族の維持、同胞の福祉への貢献を果たす」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『労働する人間(Laborem Exercens)』(1981年)9項

労働は単なる生計手段ではなく、人間が自己の尊厳を実現する場である。前科を理由に就労の機会を構造的に奪うことは、この尊厳の実現を阻害する。雇用主向けリスク緩和の試みは、出所者が労働を通じて尊厳を回復する道を具体的に支えるものである。

修復的正義と赦しの文化

「赦しは弱さの表れではなく、むしろ精神の力と成熟の証である。……赦しは正義を否定するのではなく、正義を超えて、和解と平和を実現する」 — 教皇フランシスコ 大勅書『憐れみの特別聖年(Misericordiae Vultus)』(2015年)9項

教皇フランシスコは繰り返し受刑者を訪問し、「社会復帰の権利」を強調してきた。修復的正義の視点は、犯罪を「個人の悪」としてのみ断罪するのではなく、社会関係の修復として捉える。雇用という場を通じた再統合は、この修復の具体的な実践にほかならない。

共通善と社会的排除の克服

「共通善とは、『人々がより完全にまた容易に自己の完成に到達しうるような社会生活の条件の総体』である」 — 第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』26項

出所者を社会から排除し続けることは、共通善の実現を妨げる。社会の安全は排除によってではなく、包摂と支援によってこそ持続的に守られる。雇用主が出所者を受け入れるための環境整備は、共通善に向けた社会全体の責務である。

出典:『カトリック教会のカテキズム』2266項/ヨハネ・パウロ二世 回勅『労働する人間(Laborem Exercens)』9項(1981年)/フランシスコ 大勅書『憐れみの特別聖年(Misericordiae Vultus)』9項(2015年)/第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』26項(1965年)

今後の課題

刑を終えた人が「もう一度やり直せる社会」は、誰にとっても安全で寛容な社会です。ここから先に広がる問いは、私たちの社会の在り方そのものに関わります。

雇用主コミュニティの構築

出所者雇用の経験を持つ企業同士が知見を共有するネットワークを形成し、成功事例と失敗からの学びを体系的に蓄積する仕組みを設計する。

長期追跡データの構築

リスク緩和情報の提供が実際の雇用継続率と再犯率にどう影響するかを追跡し、エビデンスに基づくシステム改善を継続する。

更生保護施設との連携強化

保護観察官・更生保護施設・就労支援NPOとの情報連携プロトコルを設計し、出所者が「孤立しない」支援網を構築する。

国際比較と制度設計提言

米国のBan the Box運動、北欧の社会復帰モデル、英国のDisclosure and Barring Serviceなど海外の制度を比較分析し、日本に適した制度設計を提言する。

「人は過ちの総和ではない。やり直しを支える社会こそが、すべての人の尊厳を守る社会である。」