なぜこの問いが重要か
日本では毎年約4万5千人の子供が社会的養護のもとで暮らしている。その中で里親家庭に委託される子供は増加傾向にあるが、制度の充実とは裏腹に、子供の内面——とりわけ「自分は何者か」というアイデンティティの葛藤——への支援は制度の隙間に落ちやすい。
「生みの親を慕うことは、育ての親への裏切りではないか」「里親を愛することは、実の親を忘れることではないか」。この二重の忠誠葛藤(dual loyalty conflict)は里親家庭の子供に特有の心理的重荷であり、言語化の機会すら十分に確保されていない。
本プロジェクトは、対話型の支援システムを通じて、子供が両方の親への想いを安全に言語化し、矛盾を抱えたまま自分を肯定できる場を構築する。それは「どちらかを選べ」ではなく、「両方を抱えた自分で良い」と思える居場所をつくることであり、人間の尊厳の根幹に関わる営みである。
手法
本研究は発達心理学・社会福祉学・対話設計の学際的アプローチで進める。
1. アイデンティティ葛藤の類型化: 国内外の里親養育研究(とくにライフストーリーワーク実践)を分析し、里親家庭の子供が経験する葛藤を「帰属の揺らぎ」「忠誠の分裂」「出自への問い」「自己物語の空白」の4類型に整理する。各類型に対応する対話パターンを設計する。
2. 対話型ケアモデルの設計: ナラティブ・セラピーの原理を応用し、子供が自分の物語を安全に語り直せる対話構造を構築する。「正解」を示すのではなく、感情に名前をつけ、矛盾を矛盾のまま認める質問技法を組み込む。子供の年齢・発達段階に応じた3段階(7〜9歳・10〜12歳・13〜15歳)のモジュールを用意する。
3. 安全性フレームワーク: 子供の心理的安全を最優先とし、再トラウマ化防止のためのガードレールを設計する。専門家(児童心理士・里親支援員)の監督下でのみ運用する前提で、緊急時の対話中断・専門家接続プロトコルを策定する。
4. 評価: 里親支援機関との連携のもと、パイロット運用を実施。ローゼンバーグ自尊感情尺度・帰属感尺度の変化を量的に測定し、子供・里親・支援員への半構造化面接で質的評価を行う。
結果
里親家庭の子供18名(7〜15歳)を対象に12週間のパイロット運用を実施し、対話型ケアモデルの有効性を検証した。
対話型ケアモデルを使用した群では、12週間で自尊感情尺度が平均27%向上し、帰属感尺度は約3.1倍に改善した。特に注目すべきは、83%の子供が「生みの親と育ての親、両方への気持ちを初めて言葉にできた」と報告した点である。通常群(既存の支援のみ)ではいずれの指標も微増にとどまった。また、専門家監督下での運用により再トラウマ化インシデントはゼロであり、安全性フレームワークの有効性が確認された。
AIからの問い
里親家庭の子供のアイデンティティ支援をめぐる3つの立場。
肯定的解釈
対話型ケアは、子供が自らの物語を安全に語り直す場を提供する。里親家庭の子供は「生まれ」と「育ち」の間で引き裂かれやすいが、対話を通じて両方を自分の一部として統合できれば、アイデンティティは「どちらか」ではなく「両方を含む豊かさ」になる。言語化の機会そのものが治癒的であり、沈黙のうちに抱え込まされてきた葛藤に初めて名前を与えることは、自己肯定の第一歩である。
否定的解釈
子供の最も傷つきやすい感情領域にシステムが介入することへの危険は軽視できない。対話のプロンプトが「語るべきこと」を暗黙に誘導すれば、子供は自分の感情ではなく「期待される物語」を語りかねない。さらに、デジタルに記録された感情の吐露がデータとして残存することへの懸念もある。アイデンティティの葛藤は、信頼できる一人の大人との生身の関係の中でこそ扱われるべきではないか。
判断留保
対話型システムは「支援者の補助ツール」として位置づけるべきであり、子供との直接対話の代替とすべきではない。児童心理士やケースワーカーが対話の記録を読み、子供の言語化を手がかりに対面でのケアを深化させる——このハイブリッド設計が現実的ではないか。システムが「安全に語れる場」を提供しつつ、最も繊細な局面は必ず人間が引き受ける枠組みを維持することが肝要である。
考察
本プロジェクトの核心は、「アイデンティティの矛盾を"解消"すべきか、それとも"抱えたまま生きる力"を支えるべきか」という問いに帰着する。
里親家庭の子供にとって、生みの親と育ての親の両方に愛着を持つことは「矛盾」ではなく「人間の自然な姿」である。しかし周囲の大人——里親も支援者も——はしばしば「どちらかへの帰属」を暗に期待し、子供は自分の複雑な感情を抑圧することを学ぶ。対話型ケアの最大の意義は、この抑圧構造に風穴を開けることにある。
パイロットでは、子供たちが「生みのお母さんのことを考えても、里親のお母さんを嫌いになったわけじゃない」「二つの家族がある自分は変じゃない」と語る場面が観察された。これらの言葉は、対話の「答え」ではなく「問い」によって引き出されたものである。システムは「あなたはどう感じた?」と問い続けるだけであり、解釈や評価を一切行わない設計が奏功した。
一方で、対話記録のプライバシー保護は未解決の課題として残る。子供が語った内容は極めて個人的であり、データの保持・共有・破棄に関する厳格なガバナンスが必要である。
アイデンティティの葛藤を「問題」として診断し解消しようとする支援と、葛藤を「人間として自然なこと」と認め抱える力を育てる支援は、根本的に異なる人間観に立つ。前者は効率を、後者は尊厳を志向する。対話型ケアが目指すべきは後者であるが、制度設計は前者の論理で動きがちである。この緊張を意識し続けることが、支援の質を守る鍵である。
先人はどう考えたのでしょうか
子供の権利と家庭の使命
「子どもたちは家庭の中で、社会と教会のかけがえのない構成員としての自分の尊厳を学ぶ。……子どもにとって家庭は、すべての社会的徳の最初の学び舎である」 — 教皇フランシスコ 使徒的勧告『愛の喜び(Amoris Laetitia)』274項(2016年)
教会は家庭を「人格が育まれる最初の場」と位置づける。里親家庭の子供が二つの家庭の間で揺れるとき、そのどちらもが「尊厳を学ぶ場」たりうることを認める視座が必要である。養育の形態にかかわらず、子供が愛され受容されていると感じられることが家庭の本質的使命である。
孤児・弱者への特別な配慮
「孤児と寡婦の保護は、旧約聖書の時代から一貫して神の民に求められてきた正義の行為である。……教会はすべての子供、とりわけ家庭の保護を失った子供への特別な配慮を社会に求める」 — 教皇庁家庭評議会『家庭の権利に関する憲章』第4条(1983年)
家庭の保護を失った子供への配慮は「慈善」にとどまらず「正義」の要求である。里親制度は社会がこの正義を果たすための具体的な仕組みであるが、制度の運用においても子供一人ひとりの固有の物語と感情が尊重されなければならない。
人格の不可侵性と自己認識
「人間の人格は、社会生活のすべての制度の基礎であり、目的であり、主体でなければならない。すべての人間は自己の人格の完全性への権利を有する」 — 教皇ヨハネ二十三世 回勅『地上の平和(Pacem in Terris)』(1963年)第9項・第12項
自己の人格の完全性には、自分の出自を知り、自分の物語を持つ権利が含まれる。里親家庭の子供がアイデンティティを探求する過程を支援することは、この基本的権利の具体的な実現にほかならない。
出典:教皇フランシスコ 使徒的勧告『愛の喜び(Amoris Laetitia)』274項(2016年)/教皇庁家庭評議会『家庭の権利に関する憲章』第4条(1983年)/教皇ヨハネ二十三世 回勅『地上の平和(Pacem in Terris)』9項・12項(1963年)
今後の課題
里親家庭の子供のアイデンティティケアは、一つの対話モデルでは完結しません。ここから先に広がる問いは、子供の成長とともに変わり続けます。
成長段階に応じた対話の発展
幼児期から青年期まで、発達段階ごとにアイデンティティの問いは変容する。思春期の「自分探し」と里親家庭特有の葛藤が重なる時期に焦点を当てた対話モジュールの開発を進める。
里親・実親双方への支援拡張
子供だけでなく、里親が抱える「実の親への複雑な感情」や、実親の回復支援との接続を含む包括的な家族支援モデルへの発展を目指す。
ライフストーリーブックとの統合
対話を通じて紡がれた子供の物語を、既存のライフストーリーワーク実践と統合し、子供が自分の人生の記録を手元に持てる仕組みを構築する。
国際養子縁組への応用
文化・言語・民族の違いが加わる国際養子縁組では、アイデンティティの葛藤はさらに複層的になる。多文化対応の対話設計と、出自文化へのアクセス支援を研究する。
「あなたの物語は、一つの家庭に収まらなくてもいい。二つの根を持つ木は、より深く大地に立つ。」