なぜこの問いが重要か
2023年度、日本全国で閉鎖されたガソリンスタンドは約600か所。経済産業省の推計では、給油所が3か所以下の「給油所過疎地」自治体は全国で約340市町村に達し、その数は今後10年で加速度的に増加する。ガソリンスタンドの閉鎖は、単に燃料供給の問題ではない。それは「車で移動できること」を前提としてきた地方の生活基盤そのものの崩壊を意味する。
病院への通院、日用品の買い物、友人や親族との面会、地域の行事への参加——車がなければ不可能になるこれらの行為は、すべて「人間らしく生きること」の構成要素である。免許を返納した高齢者、運転ができない障害者、経済的に車を維持できない世帯にとって、ガソリンスタンドの閉鎖は外出の自由の剥奪に等しい。
本研究は、「移動」を単なる物理的な位置変更ではなく、社会参加と自己決定の前提条件として捉え直す。自動運転技術と配車最適化の組み合わせにより、「車を持たなくても自由に外出できる権利」をどう制度的に保障しうるかを探る。
移動の尊厳(Mobility Dignity)——自分の意思で、必要なとき、必要な場所へ移動できること。それは単なる利便性ではなく、社会的存在としての人間が孤立せず、関係性の中に生き続けるための基本的権利である。
手法: 3層の移動保障モデル
過疎地における移動の課題は、技術だけでは解決しない。地理的制約、人口動態、経済的持続可能性、そして住民の心理的受容性のすべてを統合する設計が必要である。本研究では以下の3層モデルを構築した。
Layer 1: 需要予測と配車最適化
過去3年間の住民移動データ(自治体協力による匿名化位置情報・バス乗降記録・通院記録)を用いて、時間帯別・目的地別の移動需要モデルを構築した。従来のバス路線が「供給側の効率」で設計されてきたのに対し、本モデルは「需要側の尊厳」——すなわち、通院・買い物・社会参加のそれぞれについて許容される最大待機時間と移動時間——を制約条件として最適化を行う。
Layer 2: 自動運転車両の段階的導入シミュレーション
レベル4自動運転車両の導入を前提に、地理的条件(山間部の狭隘路、積雪地帯、沿岸部の塩害環境)ごとの運行可能性を評価した。全域への即時導入は非現実的であるため、「幹線自動運転+末端有人送迎」のハイブリッドモデルを設計し、段階的な移行シナリオを3パターン策定した。
Layer 3: 社会的受容性と心理的安全
技術的に最適な配車が実現しても、住民が利用しなければ意味がない。過疎地2地区(中山間地域・離島)で計60名の高齢住民にインタビューを実施し、移動に関する不安と希望を抽出した。「知らない人と相乗りしたくない」「予約の仕方がわからない」「頼むのが申し訳ない」——これらの心理的障壁は、技術的課題と同等以上の重みを持つことが明らかになった。
シミュレーション結果
モデル自治体A町(人口4,200人、高齢化率48%、面積180km²、給油所1か所)を対象としたシミュレーションの結果を報告する。
3シナリオ別: 移動困難者カバー率の推移
シミュレーションの最も重要な知見は、カバー率の差が「幹線区間」ではなく「最後の1マイル」——自宅から最寄りの乗降ポイントまでの数百メートル——で生じていることだった。シナリオBの全域自動運転は理論上のカバー率は高いが、山間部の未舗装路や急勾配の坂道に対応できず、導入初期に脱落する世帯が多い。シナリオAのハイブリッドモデルは、末端区間を有人送迎(近隣住民の互助を含む)でカバーするため、技術の限界を人間関係で補完できた。移動の尊厳は、最もアクセスが困難な人にとっての「最後の1マイル」の質で決まる。
ソクラテス的問い: 3つの経路
技術による移動保障は、過疎地の尊厳をどこまで守れるのか。3つの立場から問う。
移動は基本的人権である
居住地によって外出の自由が制限される現状は、事実上の差別である。自動運転と配車最適化は、公共交通が経済的に成り立たない地域でも移動を保障する唯一現実的な手段だ。完璧でなくとも、現行のバス路線廃止と「買い物難民」の増加という現実を前に、技術的介入を遅らせることこそ不正義である。移動は福祉ではなく、権利として再定義すべきだ。
延命措置か構造変革か
自動運転配車は過疎地の「延命措置」に過ぎず、根本問題——人口減少と集落の持続不可能性——から目を逸らさせる。限られた財源を「誰も住まなくなる集落」のインフラに投じるより、コンパクトシティへの移住支援に充てるべきだ。「移動の保障」が「移住しなくてよい理由」に転化すれば、住民は選択肢を失ったまま取り残される。
移動の意味を問い直す
「移動できること」と「移動したいと思えること」は異なる。インタビューで浮上した「頼むのが申し訳ない」という声は、移動手段の不足ではなく社会的孤立の表れである。技術が移動を可能にしても、「行きたい場所」と「会いたい人」がなければ尊厳は回復しない。移動の保障は、居場所と関係性の再構築と一体でなければ空転する。
考察: 「効率」と「尊厳」の二重帳簿
過疎地の公共交通が廃止される理由は明快である。乗客が少ない、コストに見合わない、代替手段がある——すべて「効率」の論理に基づいている。しかし、効率の計算式には「外出できなくなった高齢者の孤立」「通院を諦めた患者の悪化」「行事に参加できない住民の社会的排除」は変数として含まれていない。移動の尊厳は、費用便益分析の帳簿から体系的に排除されてきた。
本研究のシミュレーションは、この「二重帳簿」を可視化する試みでもある。従来型の費用便益分析ではシナリオCが最も「効率的」とされるが、移動困難者カバー率を含めた評価ではシナリオAが最も「尊厳効率的」となる。ただし、この「尊厳効率」という概念自体が矛盾をはらんでいる。尊厳を効率の尺度に載せた瞬間、尊厳は「コストに見合うかどうか」で判定される対象に縮減される。
最も誠実な態度は、このジレンマを解消するのではなく、明示することだろう。限られた予算の中で、どの程度まで「効率を犠牲にして尊厳を守るか」は、技術が答えを出す問いではない。それは住民・自治体・国が民主的に引き受けるべき政治的決断であり、本研究が提供するのは、その決断に必要な情報と問いの枠組みである。
カトリック社会教説からの検討
共通善と弱者への優先的選択
カトリック社会教説の根幹をなす「共通善」の原則は、社会の制度と構造が「すべての人の発展を可能にする社会生活の条件の総体」であることを求める(『社会教説綱要』第164条)。過疎地の移動手段の喪失は、まさにこの共通善の破綻である。さらに「貧しい人への優先的選択(preferential option for the poor)」は、社会的に最も脆弱な人々の必要を制度設計の出発点に据えることを要請する。
「共通善のために働くとは、社会にとって不可欠な制度を維持し改善することである。それは、あらゆる人が人間的に生きうるための条件を実現することを意味する。」 『カトリック教会のカテキズム』第1926-1927条
被造物の保全と統合的エコロジー
フランシスコ教皇の回勅『Laudato Si(ラウダート・シ)』(2015年)は、環境問題と社会的排除を切り離すことを拒否し、「統合的エコロジー」を提唱した。ガソリンスタンドの閉鎖は化石燃料依存社会の転換点でもあり、電動自動運転車への移行は環境保全と移動の尊厳を同時に追求する可能性を持つ。ただし、技術転換の負担が最も脆弱な地域に集中しないよう、「エコロジカルな正義」の観点が不可欠である。
「真のエコロジー的アプローチは、つねに社会的アプローチとなる。正義を環境をめぐる議論に統合しなければならない。地球の叫びと貧しい人の叫びの両方に耳を傾けるためである。」 フランシスコ教皇『Laudato Si』第49条(2015年)
兄弟愛と社会的友情
『Fratelli Tutti(兄弟の皆さん)』(2020年)は、「善きサマリア人」のたとえを現代に再解釈し、「道端に倒れている人を見て通り過ぎるか、立ち止まるか」という問いを社会制度の設計にまで拡張した。過疎地で外出できない高齢者は、現代の「道端に倒れている人」である。彼らを見て通り過ぎる社会システムの設計そのものが問われている。
本研究への示唆
教会の社会教説は、移動の保障を単なる福祉サービスではなく、共通善の実現と人間の尊厳の擁護として位置づける視座を提供する。同時に、技術的解決が「効率」の論理に回収されないよう、「最も脆弱な人」を起点とした制度設計を要請する。本研究のハイブリッドモデルが末端の有人送迎に互助を組み込んだことは、技術と人間の連帯の統合として教会的伝統と共鳴する。
出典: 『社会教説綱要』第164条 / 『カトリック教会のカテキズム』第1926-1927条 / フランシスコ教皇『Laudato Si』2015 / フランシスコ教皇『Fratelli Tutti』2020
今後の課題
「移動できること」が当たり前でない地域にこそ、次の社会モデルの萌芽がある。技術と連帯の接点を、地域とともに育てていく。
実証実験の開始
モデル自治体A町でシナリオAの小規模実証を開始し、シミュレーションと実態の乖離を検証する。住民の利用行動データと満足度調査を6か月間蓄積する。
互助ドライバーの制度設計
末端送迎を担う近隣住民の安全基準・保険・報酬の仕組みを構築する。ボランティアの善意に依存しない持続可能なモデルを、自治体と共同設計する。
「尊厳指標」の開発
移動困難者カバー率だけでなく、「外出の自発性」「社会参加頻度」「主観的自由度」を統合した尊厳指標を開発し、従来の費用便益分析を補完する評価枠組みを提案する。
移動と居場所の統合モデル
インタビューで明らかになった「行きたい場所がない」問題に応えるため、移動保障と居場所づくり(コミュニティスペース・移動販売・出張診療)を統合したモデルを構想する。
道はあるのに行けない——その沈黙を、技術と連帯で声にする。