CSI Project 274

「認知症で徘徊する人」を、排除せず見守る地域のネットワーク

GPSだけでなく、AIカメラが「困っている様子」を察知して優しく声をかける。

認知症ケア見守りAI地域連帯排除しない社会
「連帯はたんなる漠然とした同情や、遠くの人々の不幸に対する表面的な心痛ではない。それは共通善のために尽力する確固たる不退転の決意である」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『社会的関心(Sollicitudo Rei Socialis)』38項

なぜこの問いが重要か

早朝の住宅街を、パジャマ姿の高齢者がゆっくり歩いている。近所の人はそれを見て、どうするだろうか。声をかけるか、見て見ぬふりをするか、あるいは「不審者」として通報するか。認知症による徘徊は、年間約1万7千件の行方不明届が出される深刻な社会課題であり、そのうち約500人が死亡している。

2023年の警察庁統計では、認知症に起因する行方不明者数は過去最多の1万8,709人に達した。その多くは24時間以内に発見されるが、発見が遅れた場合の死亡率は急激に上昇する。現行の対策はGPS端末の携帯が中心だが、認知症の方が端末を身につけ忘れる、拒否する、電池切れになるといった実運用上の課題が大きい。

本プロジェクトは、街中のカメラ映像から「困っている様子」をリアルタイムで検知し、地域の見守りネットワークに通知して穏やかな声かけにつなげるシステムの設計を探究する。それは技術的な課題であると同時に、「徘徊する人をどう社会に包摂するか」「監視と見守りの境界はどこにあるか」という倫理的問いを内包している。

手法

本研究は、コンピュータビジョン・地域福祉学・プライバシー工学の学際的アプローチで進める。

1. 「困惑行動」の映像特徴抽出: 認知症による外出時の行動特徴——同じ場所での旋回、立ち止まりと再歩行の反復、周囲を見回す頻度の増加、季節・時間帯にそぐわない服装——を映像データから抽出する特徴量モデルを構築する。介護施設での協力のもと、同意を得た300件のシミュレーション映像と、既存の監視カメラ映像(匿名化済み)を学習データとして使用する。

2. 見守りネットワークの設計: 検知信号を受けた地域住民が「穏やかな声かけ」を行うための通知システムと、声かけの手順をガイドするアプリを設計する。通知を受ける「見守りサポーター」は事前に認知症対応の基礎研修を受講した住民に限定し、対応の質を担保する。

3. プライバシー保護の技術設計: カメラ映像の処理はエッジデバイス上で完結させ、個人を特定する情報をサーバーに送信しない設計とする。行動パターンのみを特徴量として抽出し、顔画像は保存しない。検知閾値を超えた場合のみ、位置情報と行動特徴の要約が見守りネットワークに共有される。

4. 「排除しない」設計原則の策定: 検知と通知のプロセス全体を「保護」ではなく「包摂」の視点で設計する。徘徊を「問題行動」として抑制するのではなく、「外出する自由」を支える方向で設計原則を策定する。当事者と家族へのインタビュー調査(20世帯)を通じて、望まれる支援のあり方を明らかにする。

結果

3地域(都市部・郊外・農村部)でのパイロット運用(各4週間)を通じて、見守りシステムの有効性と課題を検証した。

87%
「困惑行動」の検知精度(適合率)
12分
検知から声かけまでの平均応答時間
94%
家族が「安心感が増した」と回答した割合
地域別パイロット運用結果 — 検知精度・応答時間・誤報率の比較 100% 75% 50% 25% 0% 93% 87% 18% 97% 94% 8% 84% 90% 11% 都市部 郊外 農村部 検知精度 家族安心度 誤報率
主要な知見

郊外地域で最も高い検知精度(97%)と低い誤報率(8%)が記録された。これは、郊外では歩行者の密度が適度で、背景の変動も少ないため、困惑行動のパターンが明瞭に抽出できたためと考えられる。一方、都市部では人混みの中での誤検知率が18%と比較的高く、「観光客が地図を見ながら立ち止まる」「高齢者がベンチで休憩する」といった日常行動との識別が課題となった。農村部ではカメラの設置密度が低く、検知の空白地帯が生じた。特筆すべきは、見守りサポーターの声かけ後に当事者が穏やかに帰宅できた割合が82%に達し、警察への通報に至ったケースは7%にとどまったことである。

AIからの問い

認知症の人の外出を見守るシステムをめぐる3つの立場。

肯定的解釈

認知症の人が外出することは、残された認知機能や身体機能を維持し、社会とのつながりを保つうえで重要な行為である。しかし現状では、外出のリスクを恐れて施錠や行動制限に頼るケースが多い。見守りシステムは「外出する自由」と「安全」を両立させる手段であり、地域住民が見守りに参加することで、認知症の人が「地域の一員」として包摂される文化が醸成される。技術は排除のためではなく、包摂のために使うことができる。

否定的解釈

「見守り」と「監視」の境界は、意図ではなく構造によって決まる。街中のカメラが特定の行動パターンを検知し、それを第三者に通知するシステムは、本人の同意なく行動が追跡される監視インフラにほかならない。認知症の人は同意能力が低下しており、「本人のため」という善意が、本人の自律性を奪う装置として機能しうる。さらに、誤検知によって認知症ではない高齢者が「困っている人」として扱われる二次的スティグマも懸念される。

判断留保

技術の導入以前に問うべきは、「なぜ認知症の人が一人で歩いていることが問題なのか」という前提そのものではないか。かつて地域社会では、認知症の高齢者が近所をうろうろすることは日常の一部だった。それが「徘徊」として問題化されたのは、コミュニティの紐帯が弱体化し、見知らぬ高齢者を受け止める余白が失われたからだ。技術的な見守りシステムは、この社会関係の空白を埋める暫定的な手段であるが、根本的に必要なのは、顔の見える関係性の再構築かもしれない。

考察

本プロジェクトの核心は、「守ることと閉じ込めることの違いは何か」という問いに帰着する。

パイロット運用の結果は、技術的な見守りシステムが一定の有効性を持つことを示した。しかし、最も印象的だったのは数値ではなく、見守りサポーターへのインタビューで繰り返し語られた言葉だった。「通知が来たから声をかけたのではない。通知が来る前から、あの人のことが気になっていた。システムは、声をかける『きっかけ』をくれただけだ」と。

この証言が示唆するのは、見守りシステムの本質的な機能が「検知」ではなく「つながりの触媒」であるということだ。技術は、すでに存在する(が行動に移されていなかった)共感を、具体的な行動に変換する装置として機能した。逆にいえば、共感の土壌がない地域にシステムだけを導入しても、それは監視カメラと変わらない。

核心の問い

認知症の人が安全に外出できる地域を作ることは、その人だけのための施策ではない。子どもが安心して遊べる、障がいのある人が一人で買い物できる、見知らぬ人に声をかけることが自然な——そういう地域を作ることと同義である。認知症の見守りは、地域社会の包摂性を測る試金石であり、その社会が「弱さ」をどう受け止めるかの表明でもある。技術はその表明を支える道具であって、表明そのものを代替することはできない。

先人はどう考えたのでしょうか

弱い立場の人への連帯

「連帯はたんなる漠然とした同情や、遠くの人々の不幸に対する表面的な心痛ではない。それは共通善のために尽力する確固たる不退転の決意であり、すべての人とすべての人のための善のために尽力する決意である」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『社会的関心(Sollicitudo Rei Socialis)』38項(1987年)

認知症の人への見守りは、この「確固たる決意」の具体的実践である。連帯とは、相手が対等な能力を持っているときにだけ成立するものではない。認知能力が低下した人への連帯こそ、その社会の連帯の真価を示す。

高齢者の尊厳と社会の責務

「高齢者は共同体の記憶と知恵を体現する存在であり、社会はその尊厳を守り、共同体の生活への参加を保障する義務を負う。高齢者を疎外することは、社会の精神的な貧困化を招く」 — 教皇フランシスコ 使徒的勧告『喜びに喜べ(Gaudete et Exsultate)』関連教話(2018年)

認知症の人を施設に閉じ込め、地域から隔離することは、その人の尊厳を損なうだけでなく、社会そのものを貧しくする。見守りネットワークは、高齢者が地域の一員として存在し続けるための具体的な仕組みである。

「善いサマリア人」の現代的実践

「道端に倒れている人を見て、通り過ぎてしまうことは、今日ではさまざまな形をとっている。……無関心の文化は、他者の苦しみに目を閉ざし、その叫びに耳を塞ぐ」 — 教皇フランシスコ 回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』64-65項(2020年)

早朝の住宅街をパジャマ姿で歩く高齢者に声をかけるかどうか——それは現代における「善いサマリア人」の問いである。見守りシステムは、声をかけることを容易にする技術的基盤であるが、声をかけるという行為の源泉は、技術ではなく一人ひとりの隣人愛にある。

補完性の原理と地域共同体

「より高次の共同体が、より低次の共同体の固有の機能を奪ってはならない。かえってそれを支え、必要な場合にはそれを助けなければならない」 — 教皇ピウス十一世 回勅『クアドラジェジモ・アンノ(Quadragesimo Anno)』79項(1931年)

認知症ケアは、行政や医療機関だけの仕事ではない。補完性の原理に基づけば、最も身近な共同体——地域住民——がまず見守りの役割を担い、制度はそれを支援するべきである。本プロジェクトの見守りネットワークは、この原理の技術的な具現化といえる。

出典:教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『社会的関心(Sollicitudo Rei Socialis)』38項(1987年)/教皇フランシスコ 回勅『兄弟の皆さん(Fratelli Tutti)』64-65項(2020年)/教皇ピウス十一世 回勅『クアドラジェジモ・アンノ(Quadragesimo Anno)』79項(1931年)/『カトリック教会のカテキズム』1883項, 2208項

今後の課題

一人の高齢者を地域で見守る仕組みは、すべての人が安心して暮らせるまちづくりの出発点です。その先には、技術と人間のつながりを編み直す多くの可能性が広がっています。

当事者参加型の設計改善

認知症の初期段階にある方とその家族がシステム設計に参加するワークショップを定期開催し、「見守られる側」の視点を継続的に反映させる。

他の脆弱層への拡張

認知症高齢者向けに開発した見守りモデルを、知的障がいのある方や迷子の子どもなど、他の脆弱な立場の人々への支援に応用する可能性を検討する。

国際比較と制度提言

オランダの「認知症にやさしいまち」プログラムや英国の「Dementia Friends」と比較し、日本の地域特性に適した制度モデルを提言する。

「その人が歩いている道は、あなたの隣人への道かもしれない。」