なぜこの問いが重要か
日本では約4万5千人の子どもが社会的養護のもとに暮らしている。そのうち里親委託率は約23%と、欧米諸国(50〜80%)に比べて著しく低い。里親を希望する人の「適性」をどう評価するかは、委託の質を左右し、子どもの人生を決定づける重大な問題である。
現行の里親審査は、面接・家庭訪問・研修受講の確認が中心であり、「ある時点でのスナップショット」評価にとどまっている。しかし、子どもの養育は10年、20年の長期にわたる営みであり、子どもの成長段階ごとに新たな課題が生じる。虐待歴のある子ども、発達障害のある子ども、思春期の反抗——里親に求められる知識とスキルは刻々と変化する。
本プロジェクトは、里親候補者の「今の適性」ではなく「学び続ける意欲と能力」を評価する枠組みを研究する。完璧な親は存在しない。問うべきは「今どれだけ知っているか」ではなく、「知らないことに出会ったとき、学び直せるか」である。それは里親評価の方法論にとどまらず、親とは何か、養育とは何かという根本的な問いに通じている。
手法
本研究は、教育学・児童福祉学・学習科学の学際的アプローチで進める。
1. 学習意欲の多次元モデル構築: 里親に求められる「学び続ける意欲」を操作的に定義する。先行研究と現役里親60名へのインタビューから、知識獲得志向(研修参加率・自主学習量)、省察能力(失敗からの学び・自己批判力)、援助要請行動(専門家への相談頻度・ピアサポート参加)、柔軟性(方法の変更・価値観の更新)の4次元を抽出する。
2. 縦断的評価プロトコルの設計: 従来の一時点評価に代わり、里親登録前の研修段階から委託後3年間にわたる縦断的な学習行動追跡プロトコルを設計する。6か月ごとの自己評価・支援者評価・行動ログの三角測量により、学習意欲の変化パターンを可視化する。
3. 対話型振り返りシステム: 里親が日常の養育経験を記録し、定期的に振り返る対話型システムを開発する。事例ベースの問いかけ(「あの場面で違う対応があったとしたら?」)を通じて省察を促し、その省察の深さを質的に分析する。
4. 倫理的限界の明文化: 「学習意欲の評価」が里親候補者を不当に選別する道具にならないよう、評価の目的は「排除」ではなく「支援の設計」であることを制度的に担保する。評価結果は里親支援計画の策定に用い、不適格判定の根拠としては原則使用しない。
結果
パイロットスタディ(里親候補者30名・現役里親40名・支援機関職員15名、追跡期間18か月)で学習意欲の評価モデルと対話型振り返りシステムの有効性を検証した。
学習意欲の4次元すべてにおいて、研修前から委託18か月後にかけて有意な向上が確認された。特に「援助要請行動」の伸びが最も顕著であり(35→75、+114%)、対話型振り返りシステムの導入が「助けを求めることは弱さではなく学びの姿勢」という認識の転換を促したと考えられる。注目すべきは、18か月後のスコアが高い里親群は、委託初期の子どもの問題行動発生率に差がないにもかかわらず、問題の深刻化率が対照群の3分の1にとどまった点である。
AIからの問い
「学び続ける意欲」の評価がもたらす里親制度への影響をめぐる3つの立場。
肯定的解釈
里親の「完璧さ」を求める従来の評価は、委託の間口を狭め、子どもたちの家庭復帰の機会を奪ってきた。「学び続ける意欲」を評価軸の中心に据えることで、完璧でなくても誠実に学び続ける人に里親の道が開かれる。省察と成長の軌跡を可視化する縦断的評価は、里親を「審査される対象」から「支援される主体」へと転換し、結果として子どもの養育環境の質を持続的に高める。
否定的解釈
「学習意欲」の定量評価は、善意の親を継続的な監視下に置く構造を正当化しかねない。省察の深さを数値化すること自体が、養育という本質的に私的な営みを制度の管理下に置く行為である。また、「学び続ける意欲」を示せる人は往々にして社会的・経済的に恵まれた層であり、評価がそのまま社会的格差の再生産装置となる危険がある。子どもの尊厳を守るという名目が、親の主体性の否定に転じてはならない。
判断留保
学習意欲の評価は、里親候補者の「選別」ではなく「支援の設計」に限定して使用されるべきだ。評価結果を不適格判定に直結させず、「この人にはどのような支援が必要か」を明らかにする手段と位置づける。評価の設計過程に里親経験者と当事者(社会的養護経験のある若者)の参画を義務づけ、「誰が誰を評価するのか」という権力構造への自覚を制度に組み込むことが不可欠である。
考察
本プロジェクトの核心は、「良い親とは何か——それは固定的な属性か、それとも動的な姿勢か」という問いに帰着する。
従来の里親評価は、住居の広さ、収入の安定、精神的健康、犯罪歴の有無といった「属性」を中心に審査してきた。これらは必要条件ではあるが、十分条件ではない。すべての条件を満たしていても、子どもの予期せぬ行動に直面したとき硬直する親もいれば、条件は最低限でも子どもとともに柔軟に成長できる親もいる。
「学び続ける意欲」を評価するという試みは、親の「今の状態」ではなく「変化の方向性」に着目する。それは画期的な転換であると同時に、深い倫理的緊張をはらむ。学ぶ意欲をどう測るのか。誰がその基準を定めるのか。学びの「正しい方向」は誰が決めるのか。
研究で最も示唆的だったのは、「援助要請行動」が養育の質と最も強く相関したという発見である。助けを求められること——それは自分の限界を認め、他者を信頼し、子どものために自らのプライドを手放せる能力を意味する。完璧な親になることを目指すのではなく、不完全さを認めて助けを求められる親が、長期的には子どもの安全と成長を最もよく守る。
里親評価における最大の倫理的課題は、「子どもの最善の利益」と「里親候補者の尊厳」がときに緊張関係に立つことである。評価が厳しすぎれば里親のなり手は減り、子どもたちは施設に留まる。緩すぎれば子どもが危険にさらされる。この不可能な均衡のなかで、「学び続ける意欲」という動的な軸は、静的な合否判定に代わる第三の道を示唆している——ただし、それが新たな選別の道具にならないための制度設計が伴わなければ、善意の評価が新たな排除を生む。
先人はどう考えたのでしょうか
子どもの尊厳と家庭の使命
「子どもたちは家庭の中でまず人間の尊厳を知り、やがてそれを社会生活の中で生かすことを学ぶ。……家庭は、人間的な成熟と発展のために不可欠な環境である」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 使徒的勧告『家庭——愛といのちのきずな(Familiaris Consortio)』36項(1981年)
ヨハネ・パウロ二世は、家庭が子どもにとって人間の尊厳を最初に体験する場であると述べた。里親制度は、生物学的な血縁を超えて、この「家庭の使命」を果たす試みである。里親の学習意欲の評価は、この使命を持続的に果たす力を見極めようとするものにほかならない。
教育における親の第一義的責任
「子女に生命を伝えた親は、子どもの教育について極めて重大な義務を負い、したがって彼らの第一の、そして主要な教育者と認められなければならない」 — 第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言(Gravissimum Educationis)』3項(1965年)
教会は親を「第一の教育者」として位置づけるが、その責務は「教える者がまず学ぶ者でなければならない」ことを含意する。里親がみずから学び続ける姿勢は、子どもに対する教育責任の誠実な履行であり、教育とは一方的な伝達ではなく相互の成長であることを体現する。
人格の成長と共同体の支え
「人間は本性上、社会的存在であり、他の人びととの交わりなしには、生きることも自己の才能を発展させることもできない」 — 第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』12項(1965年)
里親の「援助要請行動」が養育の質と最も強く相関するという研究結果は、この教えと深く呼応する。孤立した親は苦しみ、孤立した養育は破綻する。学び続ける意欲とは、共同体のなかで他者とつながり続ける意欲でもある。
子どもの権利と保護の優先
「教会は、親となる権利が子どもの権利に優先するとは考えない。子どもは、愛され、尊重され、保護される権利をあらゆる場面で有している」 — 教皇庁家庭評議会『家庭の権利に関する憲章』第4条(1983年)
里親評価の設計において最も重要な原則は、子どもの権利の優先である。「親になりたい」という大人の希望と「安全に愛されて育ちたい」という子どもの権利が衝突するとき、後者が常に優先される。学習意欲の評価は、この優先順位を持続的に保証するための手段として位置づけられるべきである。
出典:ヨハネ・パウロ二世 使徒的勧告『家庭——愛といのちのきずな(Familiaris Consortio)』36項(1981年)/第二バチカン公会議『キリスト教的教育に関する宣言(Gravissimum Educationis)』3項(1965年)/第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』12項(1965年)/教皇庁家庭評議会『家庭の権利に関する憲章』第4条(1983年)
今後の課題
里親の「学び続ける力」の研究は、親子関係とは何かを問い直す始まりにすぎません。ここから先の道を、ともに歩いてみませんか。
当事者参画型の評価設計
社会的養護経験のある若者を評価フレームワークの共同設計者として迎え、「子どもの視点から見た良い里親」像を評価に反映する。当事者の声を制度設計の中心に据える。
里親支援の個別化モデル
学習意欲評価の4次元プロファイルに基づき、各里親に最適化された支援プログラムを自動設計する。弱みの補強ではなく、強みを活かした養育スタイルの確立を支援する。
養子縁組・特別養子縁組への展開
里親評価で得られた知見を、養子縁組のマッチングプロセスに応用する。「親子の相性」ではなく「親の成長可能性と子どものニーズの動的な適合」を評価する枠組みを構築する。
国際比較と制度提言
欧米の里親評価制度との比較分析を行い、日本の文化的文脈に適した「学び続ける親」モデルを政策提言としてまとめる。里親委託率の向上と養育の質の両立を目指す。
「完璧な親はいない。しかし、学び続ける親のもとで、子どもは安心して不完全でいられる。」