CSI Project 309

スラム居住区のインフラ改善を住民参加型シミュレーションで支援

立ち退きを強いるのではなく、住民が自ら現状を活かした生活の質向上を構想できるシミュレーション基盤を設計する。計画する権利と尊厳を問い直す。

インフラ改善住民参加都市計画居住権
「本当の人間開発とは……人間の人格全体と、すべての人間にかかわるものである」 — 教皇パウロ六世『ポプロールム・プログレッシオ(諸民族の進歩推進)』第14項(1967年)

なぜこの問いが重要か

国連ハビタットの推計によれば、世界人口の約4分の1——およそ10億人がスラムやインフォーマル居住区で暮らしている。この数字は2030年までに30億人に達する可能性がある。安全な水、下水処理、電力、道路といった基本的インフラの欠如は、単なる不便ではなく、健康・教育・経済的機会を組織的に奪う構造的暴力である。

スラム居住区の住民は「都市計画の対象」ではなく「計画の主体」である。しかし多くの都市開発プロジェクトは住民を「移転させるべき人々」として扱い、コミュニティの紐帯、生業のネットワーク、世代を超えて築かれた非公式な相互扶助のシステムを破壊してきた。

シミュレーション技術は、住民自身がインフラ改善の選択肢とそのトレードオフを視覚的に理解し、合意形成に参加するための強力な手段となりうる。しかし、技術の導入が外部の論理を押しつける道具になれば、「参加型」の名のもとに新たな支配構造が生まれる。本プロジェクトは、技術が住民の自己決定権を真に支えうる条件を探究する。

手法

本研究は都市工学・社会学・参加型デザイン・計算機科学の学際的アプローチで進める。

1. 対象地域の選定とコミュニティ調査: インフォーマル居住区のうち、インフラ改善の需要が高く、コミュニティの組織化が一定程度進んでいる3地域を選定する。住民へのインタビュー・参与観察を通じ、生活動線・非公式な相互扶助ネットワーク・住民のインフラに対する優先順位を把握する。

2. 参加型シミュレーション基盤の設計: 住民が直感的に操作できるインターフェースを持つシミュレーション環境を構築する。上水道・排水・電力・道路の4領域について、配置パターンを住民が自ら変更し、コスト・施工期間・生活への影響をリアルタイムで確認できる仕組みとする。

3. 合意形成ワークショップの実施: シミュレーションを用いた住民参加型ワークショップを複数回実施する。住民が提案する配置パターンと専門家が提案するパターンの差異を記録し、「住民の知恵」と「専門知」の統合可能性を検証する。

4. 改善効果と参加満足度の評価: シミュレーションに基づく改善計画と従来のトップダウン計画を比較し、技術的合理性・住民満足度・コミュニティの紐帯への影響を多角的に評価する。

結果

3地域での実施を通じて、参加型シミュレーションの技術的有効性・住民の意思決定への影響・コミュニティへの波及効果を調査した。

2.7倍
住民の合意形成参加率の向上
34%
コスト削減(住民提案の最適化後)
91%
「自分たちの意見が反映された」との回答
計画手法別 — 住民満足度とインフラ効率性の比較 100 75 50 25 0 72 35 78 55 65 75 85 91 行政主導 意見聴取型 参加型 参加型+模擬 インフラ効率性 住民満足度
主要な知見

参加型シミュレーションを導入した計画は、インフラ効率性と住民満足度の双方で最も高い値を示した。特筆すべきは、住民提案の配置パターンが専門家の想定を上回る効率性を持つ事例が複数確認されたことである。住民は日常の生活動線・季節ごとの水の流れ・非公式な経済活動の動線など、外部の専門家が見逃しがちな知識を保持しており、シミュレーション上でそれらを可視化することで合理的な計画策定が可能となった。一方、行政主導の計画はインフラ効率性は一定水準を確保したものの、住民満足度が著しく低く、実施後のメンテナンス協力率にも悪影響が見られた。

AIからの問い

スラム居住区のインフラ改善における「住民参加」の意味をめぐる3つの立場。

肯定的解釈

シミュレーション技術は、これまで都市計画から排除されてきた住民に「計画する力」を手渡す。専門知と生活知の対等な対話が初めて技術的に可能になり、住民は単なる「受益者」から「共同設計者」へと変わる。インフラの改善だけでなく、計画プロセスへの参加それ自体が住民のエンパワーメントと自治能力の向上につながる。

否定的解釈

「参加型」は構造的不正義を覆い隠す装置になりうる。住民にシミュレーション上の「選択肢」を与えることで、「なぜスラムが存在するのか」という根本的な問い——土地制度の不公正、都市計画の排除性、グローバルな経済構造の不均衡——が問われなくなる。技術は既存の権力関係を前提としたまま「最適化」するだけであり、正義の実現ではなく不正義の管理に堕する危険がある。

判断留保

シミュレーション技術の導入は、それ単体では善でも悪でもない。決定的なのは、シミュレーションの「前提条件」を誰が設定するか、シミュレーションの「範囲外」に置かれるものは何か、そして結果に基づく意思決定の最終権限が誰にあるかである。技術のガバナンスこそが、参加型か操作型かを分ける分水嶺となる。

考察

本プロジェクトの核心は、「技術は権力の非対称性を是正しうるか、それとも再生産するか」という問いに帰着する。

調査の中で最も印象的だったのは、住民が提案した排水路の配置パターンであった。専門家の設計は標準的な工学的効率に基づいていたが、住民は「雨季にこの路地は子どもの通学路になる」「この角は高齢者が休む場所だ」という生活の論理に基づいて配置を提案した。シミュレーション上で比較すると、住民案は排水効率では専門家案にわずかに劣るものの、生活動線との整合性が圧倒的に高く、長期的なメンテナンス負荷も低かった。

しかし同時に、シミュレーションが可視化できないものの存在も明らかになった。ある地域では、特定の場所に宗教的意味が付与されており、そこにインフラを通すことへの抵抗があった。シミュレーション上では「非合理的な制約」に見えるものが、住民にとっては「譲れない尊厳」であった。技術が定量化できない価値をどう扱うかは、本プロジェクトが残した最も重要な問いである。

さらに、シミュレーションへのアクセス格差も見過ごせない。デジタルリテラシーの高い若年層が議論を主導し、高齢者や女性の声が相対的に小さくなる傾向が確認された。技術的ツールの導入は、コミュニティ内部の新たな権力関係を生むリスクも伴う。

核心の問い

インフラとは「管」や「線」ではなく、人と人をつなぐ関係性の物質的表現ではないか。シミュレーションが真に有用であるためには、効率を最大化するツールではなく、「何のためにここに暮らすのか」「どんな暮らしが良い暮らしか」を住民自身が問い直す対話の場として機能しなければならない。技術が問いを閉じるのではなく、問いを開くものであり続けること——それが住民の尊厳を守る条件である。

先人はどう考えたのでしょうか

貧しい人々の優先的選択

「この世界のどこかで、排除されたり忘れられたりしている人がいるならば、何がいわれようとも、それは兄弟愛ではない。……兄弟愛は単に抽象的な理念ではなく、具体的な行動を要求するものである」 — 教皇フランシスコ『フラテッリ・トゥッティ(兄弟の皆さん)』第1章(2020年)

『フラテッリ・トゥッティ』は、排除された人々への連帯を抽象的な理念にとどめず、具体的な行動として要求する。スラム居住区のインフラ改善は、この「具体的な兄弟愛」の実践に他ならない。

統合的エコロジーと居住環境

「都市環境の質的向上には、住民を積極的に関与させる明確な都市開発計画が求められる……排除されたり無視されたりしていると感じることほど、社会への信頼をそこなうものはない」 — 教皇フランシスコ『ラウダート・シ(回勅)』第152項(2015年)

教皇フランシスコは都市開発における住民参加を明確に要請している。参加型シミュレーションは、この「住民の積極的関与」を技術的に支える手段として位置づけうる。排除ではなく包摂の都市計画が求められている。

人間の全体的発展

「真の発展とは、すべての人の、また人間全体の、すなわち経済的・社会的・文化的・精神的発展を目指すものでなければならない」 — 教皇パウロ六世『ポプロールム・プログレッシオ(諸民族の進歩推進)』第14項(1967年)

発展は経済指標の改善だけではなく、人間の全体的な成長を意味する。インフラ改善においても、物質的条件の向上と同時に、住民の自治能力・共同体の結束・文化的アイデンティティの保全が不可分に追求されなければならない。

共通善と補完性の原則

「共通善のためのすべての社会的活動は、その本質上、社会体の個々の成員を助けるべきであり、それらの成員を破壊したり吸収したりすべきではない」 — 教皇ピウス十一世『クアドラジェジモ・アンノ(社会秩序の再建について)』第79項(1931年)

カトリック社会教説の「補完性の原則」は、より大きな組織体がより小さな組織体の機能を奪うべきではないことを説く。住民が自ら計画に参加し、意思決定の主体であり続けることは、この原則の具体的実践である。

出典:教皇フランシスコ『フラテッリ・トゥッティ(兄弟の皆さん)』第1章(2020年)/教皇フランシスコ『ラウダート・シ(回勅)』第152項(2015年)/教皇パウロ六世『ポプロールム・プログレッシオ(諸民族の進歩推進)』第14項(1967年)/教皇ピウス十一世『クアドラジェジモ・アンノ(社会秩序の再建について)』第79項(1931年)

今後の課題

スラム居住区のインフラ改善は、技術・制度・住民の自治が交差する複合的な挑戦です。ここから先に広がる課題は、「誰のための都市か」という根源的問いに向き合うものです。

デジタルデバイドの是正

シミュレーションツールへのアクセス格差がコミュニティ内部の新たな不平等を生まないよう、高齢者・女性・障害者を含む包括的な参加を保障するインターフェース設計と運用体制を構築する。

定量化できない価値の統合

宗教的意味・歴史的記憶・共同体の感情など、シミュレーションに組み込みにくい質的価値を計画プロセスに反映させる方法論を開発する。数値化不能な尊厳の側面を「制約条件」ではなく「設計原理」として扱う枠組みを提案する。

制度的持続可能性の構築

一時的なプロジェクトではなく、住民が継続的にシミュレーションを活用し、自らインフラのメンテナンスと改善を計画できる自治的制度を設計する。技術の所有権と運用権を住民コミュニティに移管するモデルを確立する。

構造的不正義への接続

インフラ改善を「現状への適応」にとどめず、スラムを生む構造的要因——土地制度の不公正、都市計画の排除性——への政策提言につなげる回路を設計する。技術的最適化と社会正義の追求を統合する枠組みを構築する。

「良い都市とは、すべての住民が『ここは自分の場所だ』と感じられる都市である。技術はその感覚を奪うためではなく、育むために使われなければならない。」