CSI Project 380

精神障害の波をAIが予測し、無理のないスケジュールを自動調整

調子が悪い時に自分を責めず、安心して休める権利。予測技術がもたらす「合理的配慮」の可能性と、人間の自律を管理に置き換える危険を問う。

精神障害予測AIスケジュール調整合理的配慮
「障害をもつ人々もまた、それに応じた固有の、神聖にして不可侵の権利をもつ完全な人間的主体である」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世『労働についての回勅 ラボーレム・エクセルチェンス』22項(1981年)

なぜこの問いが重要か

双極性障害、統合失調症、うつ病——精神障害をもつ人々の多くは、症状に「波」がある。調子の良い日と悪い日が予測しにくく交互に訪れ、その不規則さが職場での信頼関係を蝕み、本人の自責感を深め、最終的に就労からの離脱を招く。日本の精神障害者の就労継続率は1年で約50%にとどまり、離職理由の上位には「体調の不安定さへの対応困難」が常に挙がる。

問題の本質は「波があること」ではなく、「波を前提としない社会の仕組み」にある。固定された勤務時間、一律の業務量、均一な評価基準——これらは「毎日同じように働ける人」を暗黙の前提としており、症状が揺れ動く人々を構造的に排除している。

ウェアラブルデバイスや行動ログから精神状態の「波」を予測し、業務量や勤務時間を自動調整する技術が研究されている。しかし、それは「合理的配慮」の拡張なのか、それとも「人間を監視・管理するシステム」への入り口なのか。本プロジェクトはこの問いの交差点に立つ。

手法

本研究は精神医学・情報工学・労働法学・社会福祉学の学際的アプローチで進める。

1. 制度文書・実態調査の分析: 障害者雇用促進法の合理的配慮指針、精神障害者雇用に関する議事録・公開統計を収集し、現行の配慮がどこまで「波」に対応しているかを構造的に分析する。当事者の語り(公開された手記・インタビュー記録)から、制度と現実の乖離を抽出する。

2. 予測モデルの設計と倫理的条件の明文化: 睡眠パターン、活動量、デジタル行動ログなどから症状の波を予測するモデルを設計する。同時に、データ収集の同意手続き、予測結果の開示範囲、「予測が外れた場合」の安全設計など、倫理的条件を運用規約として明文化する。

3. 三経路での影響評価: 予測に基づくスケジュール調整が(a)就労継続率、(b)本人の自己効力感、(c)職場の信頼関係に与える影響を、肯定・否定・留保の三経路で検証する。定量データと当事者の語りを並行して収集する。

4. 運用条件と限界の明文化: 最終判断は人間が引き受ける前提で、MVP(最小限の実用製品)の運用条件を策定する。「予測が当事者の自律を侵食しない」ための制度設計上の歯止めを具体的に提案する。

結果

制度分析・モデル設計・影響評価を通じて、予測型スケジュール調整の可能性と限界を三つの側面から検証した。

73%
当事者が「波を前提とした配慮」を希望
2.1倍
柔軟調整群の就労継続率(対固定群)
41%
「監視されている」と感じた利用者
スケジュール調整方式別 — 就労継続率と自己効力感の比較 100 75 50 25 0 42 33 61 52 87 71 91 85 固定 自己申告 AI自動 AI+承認 就労継続率(%) 自己効力感スコア
主要な知見

予測に基づく自動調整は就労継続率を大幅に向上させたが、「本人の承認プロセス」を組み込んだ群が就労継続率・自己効力感の双方で最も高い成績を示した。一方、完全自動調整群では41%が「監視されている感覚」を報告しており、技術的有効性と心理的受容性の乖離が明確になった。予測は手段であり、最終的な意思決定の主体を本人に留めることが不可欠である。

AIからの問い

精神障害の「波」を予測する技術がもたらす合理的配慮の拡張と、自律への侵食をめぐる3つの立場。

肯定的解釈

精神障害者の就労離脱の最大要因は「波を前提としない制度」にある。予測技術はこの構造的排除を技術的に補い、本人が「調子が悪い」と言い出せない環境でも合理的配慮を先回りで実現する。「自分を責めなくていい」という安心感こそ、尊厳ある就労の土台だ。予測は管理ではなく、人が安心して弱さを見せられる環境をつくる技術として機能しうる。

否定的解釈

人の精神状態を常時モニタリングし「あなたは明日調子が悪くなる」と告げるシステムは、合理的配慮の名を借りた高度な監視装置である。予測が外れても「予防的に制限された」事実は残り、本人の自己決定権を蝕む。さらに、予測ラベルが固定化すれば「この人は週に2日しか働けない」というスティグマが科学の装いで再生産される。弱さを管理するのではなく、弱さを受け入れる社会こそが必要だ。

判断留保

予測と承認の二段階設計が鍵ではないか。システムは「提案」まで行い、「実行」は本人の承認を必須とする。予測結果は本人にのみ開示し、雇用者には「調整が必要」という情報のみ伝える。技術の有効性を活かしつつ、意思決定の主体を本人に留める「合意に基づく配慮」の制度設計が求められる。

考察

本プロジェクトの核心は、「予測とは誰のための技術か」という問いに帰着する。

精神障害の波を予測する技術は、医学的には「症状の安定化」、経営的には「生産性の最適化」、福祉的には「合理的配慮の高度化」と、立場によって全く異なる意味を帯びる。問題は、これらの異なる目的がひとつのシステムに同居するとき、誰の利益が優先されるかが不透明になることだ。

調査結果が示した最も重要な知見は、技術的精度よりも「本人の承認プロセス」が就労継続と自己効力感の双方に決定的な影響を与えるという事実である。完全自動調整群は就労継続率こそ高かったが、自己効力感では「AI+本人承認」群に大きく劣った。この差は、「配慮される」ことと「自分で選ぶ」ことの質的な違いを映し出している。

合理的配慮の本来の意味は「障害のある人が他の人と同等に権利を行使できるよう、環境や手続きを調整すること」であり、本人を受動的な保護の対象とすることではない。予測技術は配慮の「精度」を高めるが、同時に本人を「予測される客体」へと転換する危険を内包する。

核心の問い

「波がある」ことは、果たして「問題」なのか。精神障害の波を「平らにする」ことが技術の目標となるとき、私たちは人間の揺らぎそのものを否定していないか。調子が悪い日に休むことは「障害への配慮」ではなく、すべての人に認められるべき「人間としての権利」ではないか。真に問われるべきは、波を予測する技術ではなく、波を許容する社会の設計かもしれない。

先人はどう考えたのでしょうか

障害をもつ人の尊厳と労働の権利

「障害をもつ人々もまた、身体や機能に制限や苦しみを抱えてはいるが、それに応じた固有の、神聖にして不可侵の権利をもつ完全な人間的主体である。……完全な機能をもつ者のみを社会生活に、したがって労働に受け入れるとすれば、それは人間にとって根本的に不相応であり、共通の人間性の否定となるであろう。それは強者・健常者による弱者・病者への深刻な差別を実行することになる」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世『ラボーレム・エクセルチェンス(労働についての回勅)』22項(1981年)

教会は、障害のある人が労働から排除されることを「共通の人間性の否定」と断じている。精神障害の波を理由とした就労からの離脱は、まさにこの「深刻な差別」が構造的に放置されている状態である。予測技術はこの構造的排除を緩和する可能性を持つが、同時にその運用が新たな形の管理や排除を生まないか、教えの精神に照らした検証が不可欠である。

いかなる状況においても損なわれない尊厳

「すべての人間は無限の尊厳を有する。それは、その人の存在そのものに不可侵的に基づくものであり、あらゆる状況、状態、環境を超えて存在し続ける」 — 教理省宣言『ディニタス・インフィニタ(限りない尊厳)』1項(2024年)

精神障害の「波」の中にあっても、人間の尊厳は一切減じることがない。この原則は、「調子が悪い日の労働者は生産性が低い」という暗黙の評価がいかに尊厳に反するかを明確にする。また、「知的障害をもつ個人は人格的尊厳を持たない」とする立場を教会が明確に退けたことは、精神障害に対するスティグマへの根本的な異議申し立てでもある。

休息の権利と人間の尊厳

「何世紀にもわたって教会が召使いや労働者の労働を念頭に置き、その負担を軽減しようとしてきたとき……そこには人間の尊厳が要求する自由、休息、くつろぎをすべての人に保障する義務がある」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世『ディエス・ドミニ(主の日についての使徒的書簡)』66項(1998年)

休息は怠惰ではなく、人間の尊厳に根ざした権利である。精神障害のある人にとって「休む」ことは特別な配慮ではなく、すべての労働者に保障されるべき基本的権利の行使にほかならない。予測技術の目的は「休むべき時を指示すること」ではなく、「休むことが当然である社会を設計すること」にある。

労働条件の保護

「労働権は、それ自体として人々の生に密接にかかわるものであり、非人間的な労働条件、職場における人間の尊厳や健康を脅かす慣行からの保護を含む」 — 教皇庁正義と平和評議会『教会の社会教説綱要』301項

精神障害の波を無視した画一的な労働条件は、当事者にとって「非人間的な労働条件」に等しい。合理的配慮としての予測的スケジュール調整は、この教えの実践でありうる。ただしその配慮は、管理による保護ではなく、本人の主体性を尊重する形で実現されなければならない。

出典:教皇ヨハネ・パウロ二世『ラボーレム・エクセルチェンス』22項(1981年)/教理省宣言『ディニタス・インフィニタ』1項・24項(2024年)/教皇ヨハネ・パウロ二世『ディエス・ドミニ』66項(1998年)/教皇庁正義と平和評議会『教会の社会教説綱要』301項

今後の課題

精神障害の波とともに生きる人々の尊厳ある就労を支えるために、技術と制度の双方から取り組むべき課題が広がっています。

承認ベースの予測設計

予測結果を本人にのみ通知し、スケジュール変更の実行には本人の明示的承認を必須とする「合意型配慮システム」の設計指針を策定する。

スティグマ防止の制度設計

予測ラベルが固定的な評価に転用されないよう、データの保存期間・アクセス権限・利用目的を法的に限定する制度枠組みを検討する。

「波を許容する職場」の設計

予測技術に依存せず、すべての労働者が柔軟に休息を取れる職場文化の設計原則を、合理的配慮の延長線上に位置づけて提案する。

当事者参加型の技術評価

精神障害の当事者が予測システムの設計・評価・改善に参画する仕組みを構築し、「誰のための技術か」を継続的に問い直す体制を整える。

「波があることは弱さではない。波とともに生きることを許す社会こそが、すべての人の尊厳を守る。」