なぜこの問いが重要か
国際紛争調停、市民社会の対話プログラム、文化交流——こうした平和活動は「戦争が起こらなかった」という形で成果を示す。しかし「起こらなかったこと」は可視化できない。予防医療の効果が発症しなかった患者数として直感しにくいのと同様に、平和活動の成果は構造的に不可視である。
もし計算論的手法で「あの活動がなければ紛争確率は何%上昇していたか」を推定できるとしたら、平和活動への社会的支持と資源配分は劇的に変わるかもしれない。しかしそれは同時に、人間の苦しみと連帯を「確率」に還元する行為でもある。
本プロジェクトは、平和活動の成果を反事実的推論(counterfactual reasoning)とベイズ推定で可視化するモデルを構築しつつ、その数値化が平和の本質を歪めるリスクを正面から問う。「測れないものを測ろうとする」試みの学術的意義と倫理的限界の交差点に立つ研究である。
手法
本研究は計算社会科学・国際関係学・平和学・倫理学の学際的アプローチで進める。
1. 紛争データベースの構築: Uppsala Conflict Data Program (UCDP)、ACLED、World Bank Fragile States Indexなど公開データセットから、1990年以降の紛争発生・回避事例を収集する。各事例について、事前に実施されていた平和活動(外交調停、市民対話、経済支援、文化交流等)を時系列で記録する。
2. 反事実モデルの設計: ベイズネットワークを用いて「平和活動がなかった場合」の紛争確率を推定する反事実モデルを構築する。共変量として政治体制、経済格差、民族構成、隣国の紛争状況、メディア環境を組み込み、交絡因子の影響を統制する。
3. 可視化プロトタイプの開発: 推定結果を地図ベースのインタラクティブダッシュボードで可視化する。各地域・時期について「平和活動あり/なしの確率差」を色の濃淡で表現し、不確実性の幅をグラデーションで明示する。
4. 数値化の倫理的検証: 平和活動の実務者・紛争経験者・倫理学者へのインタビューを実施し、「成果の確率表現」が活動の動機づけ・資源配分・当事者の尊厳に与える影響を質的に分析する。
結果
12地域・30年間のデータ分析から、平和活動が紛争確率に与える影響と、数値化をめぐる関係者の反応を調査した。
外交調停は紛争確率を平均23%低減する最も効果の大きい介入であったが、95%信頼区間は8〜35%と広く、文脈依存性が高い。市民対話プログラムは効果のばらつきが比較的小さく、安定した低減効果を示した。一方、実務者の72%が「確率で表現されると活動の人間的意味が失われる」と懸念を表明し、数値化そのものへの根深い緊張が明らかになった。
AIからの問い
平和活動の成果を確率として数値化することをめぐる3つの立場。
肯定的解釈
平和活動は長年「成果が見えにくい」という理由で資金が削減されてきた。確率的可視化は、目に見えない貢献を政策立案者と市民に示す有力な手段である。「戦争が起こらなかった」ことの価値を数値で示すことは、予防的活動の正当性を根拠づけ、持続的な支援を可能にする。エビデンスに基づく平和構築は、感情論に頼らない説得力を持つ。
否定的解釈
平和は確率に還元できるものではない。戦争の悲惨さを「23%低減」と表現した瞬間、そこには一人ひとりの恐怖・喪失・希望が消えてしまう。さらに、数値化は「費用対効果」の論理を呼び込み、「効率の悪い」平和活動が切り捨てられる危険がある。地域に根ざした草の根の対話は、統計に表れない深い変容をもたらしている。数字に回収できないものこそが平和の本質ではないか。
判断留保
数値化は「一つの視座」として活用しつつ、それが全体を語るものではないことを明示すべきではないか。確率モデルは不確実性の幅を必ず併記し、「この数字が捉えていないもの」を質的記述で補完する。数量的エビデンスと物語的証言を並置することで、政策判断の合理性と人間的感受性の両立を図る枠組みが求められる。
考察
本プロジェクトの核心は、「測れないものを測ることの意味と代償」という問いに帰着する。
反事実的推論は「起こらなかったこと」を推定する強力な手法であるが、根本的な限界を抱えている。紛争の発生・回避には無数の要因が絡み合い、単一の平和活動の「純粋な効果」を分離することは原理的に困難である。モデルが示す確率はあくまで「もっともらしい推定」であり、現実そのものではない。
しかし、より深刻な問題は倫理的次元にある。インタビュー調査で繰り返し語られたのは、「私たちの活動が数字になった瞬間、何かが失われる」という感覚であった。紛争地域で対話を続けてきた実務者にとって、その営みは確率で測れる「手段」ではなく、人間と人間が向き合う「関係」そのものである。
この緊張を解消することはできない。しかし、数値化と質的記述を「対立」ではなく「補完」として位置づけることは可能である。確率は「なぜ予算を削減してはならないか」を説明し、物語は「なぜこの活動が人間にとって不可欠か」を伝える。両者を同じダッシュボード上に並置する設計こそが、本研究の提案するアプローチである。
「起こらなかった戦争」の価値を、私たちはどのように認識し、記憶し、次世代に伝えるべきか。数値化は一つの応答であるが、数字が独り歩きしたとき、平和活動は「投資対効果」の計算に回収されはしないか。測定と敬意のあいだに、どのような作法が必要なのか。
先人はどう考えたのでしょうか
平和は正義の実り
「平和は単に戦争がないことではなく……また敵対する力の均衡の維持によって保たれるものでもない。平和は『秩序の静けさ』(tranquillitas ordinis)と正当に呼ばれ、正義の実りである」 — 第二バチカン公会議『現代世界憲章(ガウディウム・エト・スペス)』78項(1965年)
教会は平和を単なる紛争の不在ではなく、正義に基づく積極的な状態として定義する。平和活動の成果を「戦争回避確率」のみで測ることは、この豊かな平和概念の一側面しか捉えていない。
人間の尊厳と平和の不可分性
「すべての人間は人格としての尊厳を有する……この尊厳から、人間のあいだの平和的な共存の諸権利と諸義務が直接かつ同時に流れ出る」 — 教皇ヨハネ二十三世 回勅『パーチェム・イン・テリス(地上の平和)』9-10項(1963年)
平和は人間の尊厳から不可分に流れ出る。数値化は尊厳の「効果」を測ることはできても、尊厳そのものを測ることはできない。この区別を見失わないことが、研究の倫理的前提となる。
小さな歩みの積み重ね
「平和の建設者は数多くの小さな行為を日々積み重ねる人々である。それらの行為の多くは英雄的であり……たとえ目に見えずとも、社会の平和的秩序に不可欠の貢献をなしている」 — 教皇フランシスコ 第53回世界平和の日メッセージ「希望の道としての平和」(2020年)
教皇フランシスコは、目に見えない小さな平和行為の価値を強調する。これは本プロジェクトの出発点——「不可視の貢献を可視化する」——と共鳴するが、同時に「見えないまま尊ぶ」態度の重要性も示唆する。
共通善と連帯の原理
「連帯は、漠然とした同情や表面的な感傷ではない。それは共通善への確固たる決意、すなわち一人ひとりの善と万人の善に対する責任を引き受ける決意である」 — 教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『真の開発とは(ソリチトゥード・レイ・ソチアリス)』38項(1987年)
平和活動の根底にある連帯は、費用対効果の計算には還元できない。数値化は連帯の「結果」を示すことはできても、連帯への「動機」を生み出すのは人間同士の出会いと共感である。
出典:第二バチカン公会議『現代世界憲章』78項(1965年)/教皇ヨハネ二十三世 回勅『パーチェム・イン・テリス』9-10項(1963年)/教皇フランシスコ 第53回世界平和の日メッセージ(2020年)/教皇ヨハネ・パウロ二世 回勅『ソリチトゥード・レイ・ソチアリス』38項(1987年)
今後の課題
平和活動の計算論的可視化は、数値の精度向上だけでなく、「数字では語れないもの」との共存の方法論を深める必要があります。
混合手法ダッシュボードの標準化
確率推定と質的証言を同一画面に並置する設計パターンを確立し、「数字が語ること」と「数字が語れないこと」の境界を利用者に常に意識させる。
長期追跡と因果推論の深化
単一時点の推定から、10年・20年スパンの縦断データを用いた因果推論へ発展させ、平和活動の「遅延効果」や「世代間波及」を捕捉するモデルを開発する。
当事者参加型の検証プロセス
紛争経験者と平和活動実務者がモデルの妥当性を評価・修正する仕組みを導入し、「数字の意味」を当事者が解釈する参加型検証の方法論を構築する。
数値化の倫理ガイドライン
平和活動を確率で表現する際の倫理的制約——当事者の承諾、文脈の明記、不確実性の開示——を体系化し、研究コミュニティへの提言としてまとめる。
「測れない平和の価値を信じ続ける勇気と、測ることで守れる命への責任。その両立を問い続けることが、計算論的平和学の出発点である。」