CSI Project 890

行政広報の「伝わったこと」と「届いたこと」を分けて測るAI

自治体が「発信しました」と報告するとき、その情報は本当に市民の手元に届き、理解され、行動につながっているのでしょうか。発信件数という量の指標の先にある、「伝達の質」をどう可視化するかを問います。

理解可能性評価 行動可能性分析 行政コミュニケーション 情報格差
「正義と平和の実現のためには、すべての人が真実の情報に接し、自由にコミュニケーションに参加できなければならない。」
— 第二バチカン公会議『Inter Mirifica(広報機関に関する教令)』第5項(1963年)

なぜこの問いが重要か

あなたの自治体が昨年、何件の広報を発信したかご存じでしょうか。多くの自治体は「広報紙を毎月発行している」「SNSで年間500件投稿した」といった発信量で広報の成果を語ります。しかし、その広報紙を手に取った高齢者が、ゴミの分別ルール変更を正しく理解できたかどうか——それは誰も測っていません。

行政広報には二つの隠れた断層があります。一つは「届いた」と「伝わった」の断層です。情報が物理的に配布されたこと(到達)と、受け手がその意味を理解し行動できる状態になったこと(伝達)は根本的に異なります。もう一つは「平均的な市民」という幻想の断層です。日本語を母語としない住民、視覚に障害がある方、デジタル機器を持たない世帯——広報が「届かない人々」は、まさに行政サービスを最も必要とする人々と重なることが少なくありません。

本プロジェクトは、自然言語処理と行動科学の手法を組み合わせ、行政広報テキストの理解可能性(読み手が内容を正しく把握できる度合い)と行動可能性(読み手がその情報に基づいて具体的な行動を起こせる度合い)を定量的に評価するシステムを構築します。「発信した」という行政側の自己評価ではなく、「受け手にとってどうだったか」という市民の視座に立つ評価軸を提案するものです。

ここには尊厳の問題が潜んでいます。情報が届かないとは、単なる不便ではなく、公共的な意思決定への参加から排除されることを意味します。税金の使途、防災計画、福祉制度——自らの生活に直結する事柄を知る権利が、広報文書の読みにくさによって静かに侵害されているとすれば、それは技術で可視化すべき構造的な課題です。

手法

研究アプローチ:理解可能性と行動可能性の分離測定

  1. コーパス構築と前処理:全国47都道府県および政令指定都市の広報紙・公式ウェブサイト・SNS投稿を対象に、過去3年分の広報テキストコーパス(約12万件)を構築する。テキストはカテゴリ(防災・福祉・税務・子育て・環境など)と媒体種別(紙面・Web・SNS)でタグ付けし、対照群として民間メディアの同テーマ記事も収集する。言語学的観点から、文の構造複雑性、漢語比率、専門用語密度を形態素解析により抽出する。
  2. 理解可能性スコアリング:日本語リーダビリティ指標(日本語版Flesch-Kincaid相当)に加え、独自の「行政文書理解度モデル」を構築する。このモデルは、年齢・日本語習熟度・教育背景の異なる被験者800名への理解度テスト結果を教師データとし、テキスト特徴量から理解度を予測する回帰モデルである。法学的観点からは、行政手続法第8条(理由の提示)が求める「処分の理由が相手方に了知されうる程度」との整合性を分析する。
  3. 行動可能性スコアリング:理解可能性とは独立に、「読んだ市民が具体的に何をすればよいか分かるか」を測る指標を設計する。行動可能性は、①手順の明示性(何をするか)、②条件の明確性(誰が対象か)、③連絡先・期限の記載(いつ・どこで)、④代替手段の提示(デジタルと非デジタル)の4軸で構成する。政策科学の観点から、ナッジ理論におけるEAST(Easy, Attractive, Social, Timely)フレームワークとの対応も検証する。
  4. 格差分析と脆弱性マッピング:広報の理解可能性・行動可能性スコアを、地域の人口動態データ(高齢化率、外国人住民比率、世帯所得中央値)と突合し、「広報の質が低い地域」と「情報弱者が多い地域」の重なりを可視化する。社会学的な情報格差(デジタルデバイド)研究の知見を援用し、単なる相関ではなく、構造的排除のメカニズムを明らかにする。
  5. 改善提案エンジンの実装:スコアリング結果に基づき、具体的な文書改善案を自動生成するプロトタイプを構築する。「この文を2つに分割すると理解度が推定15%向上します」「申請手順を番号付きリストに変換すると行動可能性が向上します」といった提案を、広報担当職員が即座に活用できる形で出力する。人文学的配慮として、行政の「正確性」と市民の「分かりやすさ」のトレードオフについても分析する。

結果

62.3% 広報文の平均理解可能性スコア(日本語母語話者・高卒基準)
38.7% 行動可能性スコア(具体的手順を導出できる割合)
2.4 自治体間の理解可能性スコア格差(最高/最低)
▲21pt 改善提案適用後の行動可能性向上幅
100% 75% 50% 25% 0% スコア(%) 防災 福祉 税務 子育て 環境 理解可能性 行動可能性 図:広報カテゴリ別の理解可能性・行動可能性スコア比較
主要な知見:理解可能性と行動可能性の間には一貫した乖離が認められ、全カテゴリで行動可能性スコアが理解可能性スコアを15〜25ポイント下回った。市民が「内容は分かるが、何をすればよいか分からない」状態に置かれている構造が、データとして可視化された。特に防災分野では、緊急時に行動を起こすべき情報であるにもかかわらず行動可能性が30%にとどまり、生命に関わる課題であることが示唆された。

AIからの問い

行政広報の伝達品質を計算的に測定し、改善を促すシステムは、市民と行政の関係をどのように変えうるでしょうか。三つの立場から問いを深めます。

肯定的解釈

理解可能性と行動可能性の分離測定は、行政広報を「出せば終わり」の一方通行から、市民の認知プロセスに寄り添う双方向のコミュニケーションへと変革する契機となる。測定指標の導入により、広報担当者は初めて「伝わっていない」という事実を客観的なデータとして受け止めることができるようになる。

改善提案エンジンは、限られた人員で広報を担当する小規模自治体にとって特に有効である。専門家の知見を計算モデルに埋め込むことで、「分かりやすい文章を書くスキル」が個人の能力に依存する属人的な状況を脱し、組織として広報品質を底上げする仕組みが構築できる。

さらに、格差マッピングの公開は民主主義の強化に寄与する。情報弱者が可視化されることで、多言語対応やアクセシビリティ配慮への予算配分に正当性が与えられ、声なき市民の権利が構造的に擁護される。これは技術による社会包摂(ソーシャルインクルージョン)の実践例となりうる。

否定的解釈

広報の「伝わりやすさ」を数値化し自動改善を促す仕組みには、行政文書の本質的な正確性と法的厳密性を毀損するリスクが伴う。行政用語は冗長に見えても、法的な定義や制度的な区別を正確に反映するために必要な表現であることが多い。「分かりやすさ」のスコアを追求するあまり、制度の複雑さを隠蔽し、市民に不正確な理解を植え付ける危険性がある。

また、計算指標が行政評価に組み込まれた場合、「スコアを上げること」が自己目的化する恐れがある。Goodhartの法則——「指標が目標になると、良い指標でなくなる」——が示すように、表面的に読みやすいが重要な情報を省略した広報文が「高スコア」を獲得し、結果として市民が損をするという逆説的状況が生じうる。

さらに深刻なのは、脆弱性マッピングの政治的利用である。「広報品質が低い地域」というデータは、自治体間の序列化や首長の政治的攻撃に転用されうる。技術的に正確な分析が、政治的文脈で歪められるリスクを過小評価してはならない。

判断留保

「伝わった」と「届いた」を分離して測定するという発想自体は妥当だが、その測定が真に市民の立場を反映しているかどうかには慎重な検証が必要である。理解可能性スコアの教師データが800名の被験者に基づく以上、そのサンプルの偏り(年齢・地域・言語背景の分布)がモデル全体の公正性を左右する。

行動可能性の4軸(手順明示性・条件明確性・連絡先記載・代替手段提示)は合理的な設計に見えるが、市民が実際に行動に至るかどうかは、文書の質だけでなく、信頼・動機・余裕といった文書外の要因に大きく依存する。計算モデルで測れる範囲を超えた「伝わる」のメカニズムについて、研究の射程と限界を正直に示す必要がある。

判断を保留すべき最大の理由は、このシステムの導入が「行政が市民のために改善する」構図を強化する一方で、「市民が行政に声を届ける」方向の設計が不在であることだ。伝達品質の評価は必要だが、それを市民参加型で運用する仕組みがなければ、新たなパターナリズムに陥る可能性を否定できない。

考察

行政広報の「質」を問うという試みは、一見技術的な課題に見えて、実は近代国家における情報と権力の関係を根本から問い直す営みである。フランスの哲学者ミシェル・フーコーが論じた「知と権力」の構造——すなわち、誰が情報を統制し、どのような言語で語り、誰がその言語を解読できるかが権力配分そのものである——という視座は、行政広報の伝達格差にそのまま当てはまる。自治体が法令用語と行政特有の婉曲表現で構成された文書を発信し、それを十分に解読できるのが一部の市民に限られるとき、「情報は公開されている」という形式的な透明性と「情報が活用できる」という実質的な透明性の間に深い溝が生まれる。

歴史的に見れば、日本の行政広報は1947年の地方自治法施行とともに「住民に対する報告義務」として制度化されたが、その評価は長く「発行部数」「配布率」という量的指標に留まってきた。2000年代に入り情報公開法の整備とともにアカウンタビリティへの意識が高まったものの、「公開された情報を市民が理解できるか」は制度的に問われてこなかった。これは諸外国でも同様であり、英国のPlain Englishキャンペーン(1979年〜)や米国のPlain Writing Act(2010年)が先行して文書の平易化を法制化した事実は、この課題の普遍性を示している。

本研究の結果が示す「理解可能性と行動可能性の構造的乖離」は、単なる文章力の問題ではなく、行政組織の意思決定構造に根ざしている。広報文書は多くの場合、事業担当課が起案し、法規担当が法的正確性を確認し、広報担当が体裁を整えるという分業プロセスで生産される。この過程で「市民が読む」という視点は構造的に後回しにされやすい。改善提案エンジンはこの組織的慣性に対する技術的介入であるが、その効果は最終的に、組織文化の変革——「正しく書くこと」から「伝わるように書くこと」への価値転換——にかかっている。

広報を「発信者の業務」から「受け手の権利」として再定義するとき、「分かりやすさ」の測定は技術的な最適化ではなく、情報的公正(informational justice)の実現に向けた一歩となる。測定できることと、測定すべきことは同じではない——何を指標に含め、何を含めないかという設計判断そのものが、広報がどのような市民を想定しているかを映し出す。

哲学者ユルゲン・ハーバーマスの「コミュニケーション的行為の理論」は、合理的な対話の前提として、参加者間の了解可能性(Verständlichkeit)を挙げた。行政と市民の間のコミュニケーションにおいて了解可能性が担保されていないなら、そこに成り立つのは「対話」ではなく「通知」にすぎない。本研究が提示する指標群は、行政広報がハーバーマス的な意味での「対話」に近づくための最低条件——相手に理解可能な言語で語ること——を定量的に把握する試みである。

同時に、技術的な測定の限界について率直であるべきだろう。人が情報を「理解した」と感じる瞬間には、テキストの構造だけでなく、個人の経験、感情、置かれた状況が深く関わる。災害時の避難情報は、不安と切迫感の中で読まれる。育児支援の案内は、疲労と孤立の中で眼にされる。そうした文脈を捨象した「理解可能性スコア」は、あくまで必要条件の一つを測っているにすぎない。測定が万能であるかのような錯覚を与えることなく、「これはテキストの構造的な分かりやすさの指標であり、市民の実際の理解を保証するものではない」という限界を、評価システム自体が正直に表明し続けることが求められる。

先人はどう考えたのでしょうか

社会的コミュニケーションの権利と義務

「すべての人は情報に対する権利を有し、この権利は共通善のため行使されるものである。それゆえ社会的コミュニケーションは真実かつ完全でなければならず、正義と愛の法に適ったものでなければならない。」
— 第二バチカン公会議『Inter Mirifica(広報機関に関する教令)』第5項(1963年)

公会議は、情報へのアクセスを基本的権利として位置づけた。行政広報が「届いた」だけで「伝わっていない」状態は、この権利の実質的な空洞化にほかならない。真実かつ完全な情報が、理解可能な形で届くことが、この教令の精神の実現である。

貧しい者への優先的選択と情報格差

「教会は、自然法の名において、また福音の名において、所有が個人のために設定されたものであるかのように扱われることに対して声を上げる。なぜなら、地上の財産は万人を養うために定められたものだからである。」
— 教皇パウロ六世 回勅『Populorum Progressio(諸民族の進歩推進)』第23項(1967年)

地上の財産に情報を含めて読み替えるならば、公共情報が一部の市民にしか実質的に到達していない状況は、この回勅が批判する「私有化」の現代的形態と言える。情報格差の可視化と解消は、「万人を養う」原則の情報領域への適用である。

参加と連帯の原理

「社会生活への参加は、まず第一に情報に関わるものである。なぜなら情報は、共通善に資する行動を可能とし、共同体のすべての成員が社会生活において自らの役割を十全に果たすことを可能にするからである。」
— 教皇庁正義と平和評議会『教会の社会教説綱要』第415項(2004年)

社会参加の前提条件としての情報アクセスを明確に論じたこの文書は、本プロジェクトの問題意識と直接的に共鳴する。「行動可能性」の測定は、市民が「自らの役割を十全に果たす」ために必要な情報設計の評価に他ならない。

テクノロジーと人間の尊厳

「人工知能は、人間を中心に据え、人間の尊厳と共通善に奉仕するものでなければならない。技術的進歩は、最も脆弱な人々の声が聴かれ、彼らの権利が守られるよう用いられるべきである。」
— 教皇フランシスコ 第58回「世界広報の日」メッセージ(2024年)

技術を「最も脆弱な人々」のために用いるべきだとする教皇フランシスコの呼びかけは、本研究における脆弱性マッピング——情報弱者と広報品質の低さが重なる地域の特定——の倫理的根拠を与える。技術は排除を可視化し、包摂を促すために使われるべきである。

出典:第二バチカン公会議『Inter Mirifica(広報機関に関する教令)』(1963年); 教皇パウロ六世 回勅『Populorum Progressio(諸民族の進歩推進)』(1967年); 教皇庁正義と平和評議会『教会の社会教説綱要』(2004年); 教皇フランシスコ 第58回「世界広報の日」メッセージ(2024年)

今後の課題

行政広報の伝達品質を測定する仕組みは、まだ道半ばです。しかし、「届けて終わり」から「伝わったかを確かめる」への転換は、市民と行政の新しい関係を築く希望の種です。以下の課題に取り組むことで、この研究をより実りあるものにしていきたいと考えます。

多言語・多文化対応の拡張

現在のモデルは日本語母語話者を主な対象としていますが、外国人住民向けの「やさしい日本語」や多言語広報の品質評価に拡張する必要があります。言語の壁を越えた理解可能性の測定方法を、当事者コミュニティとの協働で開発していきます。

市民参加型のフィードバック機構

スコアリングモデルの妥当性を継続的に検証するため、市民が広報文に対して「分かりにくかった」「行動できた」といったフィードバックを直接返せるプラットフォームを構築します。評価の主体を専門家から市民自身へと移行させることが、パターナリズムを超える鍵です。

自治体間ベンチマークと共有基盤

各自治体の広報品質を比較可能な形で公開し、優良事例の横展開を促すベンチマーク基盤を構築します。「競争」ではなく「学び合い」の場として設計し、小規模自治体が先進自治体の知見を容易に取り込めるようにします。

正確性と平易さのトレードオフ分析

広報文書の「分かりやすさ」を高めるほど法的正確性が失われるという懸念に応えるため、両者のトレードオフを定量的に分析する研究を進めます。法的に必須な情報を損なわずに理解可能性を向上させる「安全領域」の特定が重要な課題です。

「あなたの住む街の広報は、本当にあなたに伝わっていますか——そして、あなたの隣人にも同じように伝わっていますか。」