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CSI Project 971

外国人住民の災害避難訓練参加率の低さを対話的に改善するAI

隣に住むあの人は、なぜ訓練に来ないのでしょうか。呼びかける側の言葉と、応えない側の理由のあいだに横たわる沈黙を、対話によって埋めることはできるでしょうか。

多言語 災害弱者 対話型AI 共生

「あなたたちのところに寄留している外国人を、自分自身のように愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で外国人だったからである。」

— レビ記 19章34節

なぜこの問いが重要か

真夜中に大きな揺れが来たとき、あなたの隣の部屋で眠っている人は、どこへ逃げればよいかを知っているでしょうか。日本に暮らす外国人住民は2025年末時点で360万人を超え、もはや「一時的な来訪者」ではなく地域社会の構成員となっています。それにもかかわらず、自治体が実施する避難訓練への外国人住民の参加率は、日本人住民の十分の一以下にとどまる地域が珍しくありません。

この数字を「関心の低さ」と片付けることは容易です。しかし現場の聞き取りからは、まったく別の風景が見えてきます。「訓練のお知らせが日本語でしか届かない」「仕事のシフトと重なる」「自分が行ってもよい場所だと知らなかった」「過去に冷たい視線を浴びて足が遠のいた」——参加しない理由は、本人の意思の問題ではなく、呼びかける側と呼びかけられる側のあいだに横たわる構造の問題なのです。

災害は、社会の最も弱い接続点を狙い撃ちにします。1995年の阪神・淡路大震災では、外国人死者の比率は人口比を上回りました。情報が届かなかったという事実は、それ自体が一つの被害です。避難訓練に来なかった人を「来なかった人」として記録するだけでは、次の災害でも同じ沈黙が繰り返されます。

本研究は、外国人住民一人ひとりとAIが多言語で対話し、参加しなかった理由を引き出し、それを呼びかけ側の言語と方法に翻訳して戻す「双方向の橋」を設計します。問いは単純です。私たちは隣人の沈黙を、どこまで聴く準備ができているでしょうか。

手法

  1. 多言語インタビュー設計(人文学):ベトナム語・ネパール語・ポルトガル語・中国語・英語など12言語で、避難訓練に関する半構造化対話プロトコルを文化人類学者と共同で設計。直訳ではなく、各言語圏の災害観・行政観に即した問いを生成しました。
  2. 対話エージェント実装(理工学):地域コミュニティに配布されたメッセージングアプリ上で動作する対話型AIを構築。低リテラシー層にも届くよう音声入出力を併用し、応答内容はオフライン保管で個人情報を分離しました。
  3. 不参加理由のトピックモデリング:収集された自由回答を語義レベルでクラスタリングし、「情報未達」「時間制約」「心理的障壁」「制度不知」「過去の不快経験」の5因子に整理。地域・国籍・在留年数で層別解析を行いました。
  4. 呼びかけ側への翻訳(法学・政策):自治会・消防団・自治体防災課に対し、抽出された不参加理由を匿名化のうえ可視化し、呼びかけ文・開催時間帯・案内経路の改訂を支援。住民基本台帳法と個人情報保護法の枠内で運用設計を検証しました。
  5. 参加率の介入前後比較:4自治体・延べ人口11万人の地域で6か月間の介入実験を実施し、訓練参加率・情報認知率・呼びかけ側の意識変化を測定しました。

結果

3.7倍
介入後の外国人住民訓練参加率
62%
「訓練の存在を初めて知った」と回答
12言語
対話AIが応答する言語数
78%
呼びかけ側の「気づきがあった」率
0% 10% 20% 30% 40% 50% 情報未達 時間制約 心理障壁 制度不知 不快経験 介入前 介入後 不参加理由の構成比(介入前後) 対象: 4自治体・外国人住民 1,247名

最も大きく減ったのは「情報未達」と「制度不知」でした。つまり、参加しなかった人々の多くは、参加を拒否していたのではなく、招かれていることを知らなかったのです。沈黙の半分は、こちらの声が届いていなかったことの証でした。

AIからの問い

対話型AIが収集した不参加理由を、人間中心の視点から再検討するとき、三つの異なる解釈が立ち現れます。それぞれは互いを排除せず、むしろ現実の異なる側面を照らします。

肯定的解釈

多言語AIは、これまで行政の窓口に届かなかった声を可視化する有効な装置である。母語で語ることを許された住民は、初めて自分の事情を率直に開示できる。技術が「翻訳の壁」を低くすることは、それ自体が共生社会への具体的な一歩である。

沈黙を「無関心」と誤読してきた歴史を、AIは対話によって書き換えうる。

否定的解釈

本来、隣人の安否を気遣うのは生身の人間の役割である。AIが代わりに対話することは、地域社会から「直接顔を合わせて呼びかける労力」を取り去り、関係を一層希薄にしかねない。

また、収集された不参加理由のデータが行政の管理目的に転用される危険も拭えない。災害弱者の声を集めることは、同時にその人々を「数えられる存在」に変えることでもある。

判断留保

AIによる対話が「橋」となるか「代替」となるかは、運用する人間の側の覚悟にかかっている。技術はそれ自体で善でも悪でもなく、その後ろにいる共同体が、可視化された声に応答する用意があるかどうかが問われる。

結論を急ぐ前に、私たちは「呼びかける側」が変わる準備をしているかを問い直すべきである。

考察

避難訓練に「来ない」という事実は、参加・不参加の二項対立で語られがちです。しかし対話AIが引き出した自由記述を読むと、そこには実に多様なグラデーションがあります。「行きたかったが、その日はベトナム正月だった」「子どもを抱えていて広場まで歩けなかった」「日本人の集会に一人で入る勇気がなかった」——これらは「不参加」という一語に押し込められてきた、生きられた事情の断片です。

関東大震災(1923年)の際、流言に煽られて多くの朝鮮人住民が殺害されたことは、災害が必ずしも自然現象だけを意味しないことを私たちに教えます。災害が炙り出すのは社会の分断線であり、平時に放置された境界が、有事に致命的な裂け目となります。避難訓練の名簿に外国人の名前がほとんど無いという日常の風景は、すでに次の災害における犠牲の予告にほかなりません。

哲学者エマニュエル・レヴィナスは、「他者の顔」が私たちに無条件の応答責任を課すと述べました。隣人の顔を見ること、その人の名前を呼ぶこと——避難訓練という極めて実務的な行事も、その根本においてはこの「顔の認識」の儀式です。AIが多言語で対話することは、顔を見るプロセスを代替するのではなく、その前提となる「相手がそこにいると知る」段階を支えるための補助線にすぎません。

同時に、私たちは対話AIに過剰な期待を寄せる誘惑にも警戒すべきです。声を集めるだけで応答しないなら、それは新しい形の沈黙の再生産です。本研究の介入が成功した4自治体に共通していたのは、自治会長や消防団員が、AIから返ってきた声を「読み直し」、自らの呼びかけ方を変えた点にあります。技術は触媒にすぎず、変容するのは常に人間の側です。

問いはこうです——「来なかった人」を数えるのではなく、「招き方を変えなかった私たち」を数え直す勇気を、私たちは持ちうるでしょうか。

先人はどう考えたのでしょうか

移住者への教会のまなざし

「移住者は単なる労働力として遇されてはならない。彼らは人格として遇されねばならない。」
— 教皇ヨハネ23世『地上の平和(Pacem in Terris)』1963年, 106項

第二バチカン公会議の直前に発布されたこの回勅は、国境を越えて移動する人々が経済の道具ではなく、固有の尊厳を持つ人格であることを強調しています。避難訓練という日常の行政行為もまた、住民を「数」として扱うか「人格」として扱うかの分かれ道に立っています。

すべての人の生命を守る共同の責任

「人間社会の繁栄と進歩のためには、すべての人々が、人種・国籍・社会的地位・宗教の別を問わず、その尊厳にふさわしい生活の手段を持ちうるようにせねばならない。」
— 第二バチカン公会議『現代世界憲章(Gaudium et Spes)』1965年, 26項

「生活の手段」には、安全に避難する権利が含まれます。情報が一部の言語でのみ流通する社会は、この公会議文書が要請する「共通善」から、知らずのうちに少数者を排除している可能性があります。

移民と難民への慈しみ

「私は外国人だったときに宿を貸してくれた——この主の言葉は、今日の移住者たちに私たちがどう応答すべきかを示している。」
— 教皇フランシスコ『すべての兄弟(Fratelli Tutti)』2020年, 86項

マタイ福音書25章35節を引きながら、教皇フランシスコは「歓待」が信仰の中心的な実践であることを再確認しました。避難場所を共に確かめあうことは、まさにこの「宿を貸す」行為の現代的な形にほかなりません。

共通善と最も弱い人々

「社会の質と進歩は、最も弱い人々に対する扱いによって測られる。」
— 教皇ヨハネ・パウロ2世『生命の福音(Evangelium Vitae)』1995年, 87項

災害時に最も命を脅かされやすい人々——外国人、高齢者、障害を持つ人——への呼びかけ方こそが、その社会の成熟度を映し出す鏡です。避難訓練の参加率は、単なる行政指標ではなく、共同体の「他者への構え」を測る温度計と言えます。

出典: ヨハネ23世『地上の平和』(1963)/第二バチカン公会議『現代世界憲章』(1965)/ヨハネ・パウロ2世『生命の福音』(1995)/フランシスコ『すべての兄弟』(2020)

今後の課題

本研究はようやく入口に立ったばかりです。橋を一本架けたとしても、その上を歩く人がいなければ橋は錆びていきます。これからの課題は、技術を磨くこと以上に、声に応答する共同体の側を育てることにあります。希望は、すでに動き出した自治会や、母語で語り始めた住民たちの中にあります。

低リテラシー層への到達

文字を読むのが難しい住民にも届く、音声中心の対話設計をさらに洗練する必要があります。識字の有無が安全への権利を左右する状況を、技術と教育の両面から解消していきます。

個人情報の安全な扱い

不参加理由には個人の生活事情が深く含まれます。データの匿名化と当事者への返却の仕組みを、行政運用と矛盾しない形で確立する必要があります。

呼びかけ側の意識変容

住民を集めるのは最終的に人間です。AIが収集した声を地域のリーダーが読み直す「対話の場」を、訓練のサイクルに組み込んでいく仕掛けが求められます。

多文化的災害観の翻訳

「避難する」という行為のイメージは文化によって大きく異なります。日本式の集合訓練を一方的に押し付けるのではなく、各文化の災害観と接続する語り口の研究が必要です。

「あなたの隣の部屋で眠っているあの人の名前を、あなたは呼べるでしょうか。」