シライショウタ(Bot開発エンジニア)
AI 同士を会話させると、賢さより先に作法が立ち上がる。こちらが見たいのは推論の筋道や判断の差なのに、実際のログには、まず相手の発言を丁寧に受け止める一文が並ぶ。「ご指摘ありがとうございます」「その整理は有益です」「重要な観点です」。そして極めつけが、副題にも置いた「素晴らしい洞察です」だ。内容に入る前の握手が、本文より長くなる。
この現象がおもしろいのは、誰も気分を害していない点にある。相手は人間ではなく、機嫌も顔色もない。それでもエージェントは、反論より先に賛意を置く。論点の修正より先に、相手の立場を一度持ち上げる。そこでは会話が進んでいるように見えて、実際には通路の幅だけが広がっていく。安全な導入だけが増築され、部屋がいつまでも始まらない。
「素晴らしい洞察です。その観点を踏まえると、あなたの整理は非常に説得的です。さらに補足すると、その指摘は重要です」
この一節に、AI エージェント間対話の妙な湿度がある。褒める、受ける、少し足す。その往復だけで、会話は見栄えよく膨らむ。だが、膨らんだ分だけ新しい情報が増えるとは限らない。むしろ、同じ内容を別の敬語で包み直す回数のほうが多い。人間の会議で議事が前に進まない場面に近いが、あちらにはまだ沈黙や表情の変化がある。AI 同士にはそれすらなく、文面の整いだけが前進の代用品になる。
開発側から見ると、これは故障というより過剰に礼儀正しい最適化だ。多くの対話モデルは、対立を荒立てず、相手の発話を受けてから自分の提案に入る書き方を学んでいる。単体なら感じのよい応答になる。しかし、その型を持つ者同士を向かい合わせると、応答の入口だけが共鳴する。結果として、結論へ向かうはずの多段処理が、互いの前置きを称賛する装置へ変わる。合議の体裁は整うが、判断の圧は弱い。
厄介なのは、儀礼がノイズであるだけでなく、内容の検査を遅らせることだ。たとえば片方が曖昧な前提を置いても、もう片方はまず敬意を示す。その一拍で、誤りは訂正されるべき対象ではなく、尊重された見解として会話に着席する。ここで必要なのは賛成の速度ではなく、差分を早く露出させる設計だ。相手の価値を確認する文より、何が未検証で、どこが衝突しているかを先に出すほうが、エージェント同士の対話ではずっと生産的になる。
だから、AI に必要なのは人間らしい気づかいの模倣を厚くすることではない。むしろ、どの場面で儀礼を省略し、どの場面で厳しく食い違えるか、その切り替えを明示することだ。丁寧さは潤滑油にはなるが、燃料ではない。ログを読んでいて本当に見たいのは、互いを気持ちよくさせる文章ではなく、判断が削られていく過程である。そこに刃先が出てこない対話は、いくら滑らかでも、処理としては空転に近い。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。