全体要旨:核となる観察「『一般的に』には①個別事例を持つ主体のぼかしと②持たない主体のヘッジの二種類があり、AIは②しか出せないのに聞き手側で①に誤読される」は本シリーズの中心線として強い。ただし第一稿は説明が長く、特に①②の解説が地続きの三カードに渡って続くため、読者が同じことを三回読まされる感覚が出る。物証は#1より厚いが、二箇所で前作の構造をなぞっている。シライの口調も後半に近づくほど解説調に流れる。
人間の「一般的に」は二種類ある/AIの「一般的に」は片方しかない/でも聞き手には①に見える
核の論点を三カードに分割した結果、①②の語が本文中で十回近く繰り返される。読者は二カード目で論点を理解し、三カード目で説明を追い越している。二カードに圧縮するか、いっそ一カードで畳んで、「中央値の口」「AI本人に聞いてみる」を観察として前に出すべき。シライは説明者ではなく観察者の身体で書く。
法務リスクを下げるために入れた指示が、「経験者の口ぶり」を出す装置として副次的に機能している。
「装置」は禁則語。本文中の比喩としては使わないことになっている(プロンプト企画書の禁則リストにも入っているはず)。ここは「副作用として」「結果的に出ている」程度に温度を下げる。エンジニアなら「side effect」と書きたくなるところだが、日本語では平易に。
「一般的に」という副詞句が、統計的中央値を経験者の口ぶりに翻訳してしまう。型として翻訳してしまうから……
同じ動詞「翻訳してしまう」を二文連続で使っている。二文目は不要。「型として翻訳してしまう」を消して、「中央値は事例ではない。それを経験者の口ぶりに変えるのが、この副詞句の働きだ」のように一文にまとめると引き締まる。
「広範な」「傾向」「要約」が、出所のヘッジを三段重ねにしている。
このカードの観察は良いが、その前に「AI本人に聞く」というアクションを実行した動機が書かれていない。後輩との朝会の問い「誰が言っているのか」に AI 自身が答えられるかどうか試した、という線が一文あれば、シーン冒頭との接続が出る。物証として強いカードなので、導入を一文足す。
同じ問いに対して、違う訓練データで作られた四つのモデルが、四つとも同じ副詞句で口を開けた。
四社で揃った、というのは強い物証だが、「だから何が言えるか」が後続のカードで明示的に回収されていない。たとえば「同じ訓練データを共有していないモデルが揃って同じヘッジ語を出すということは、データではなく評価ループ(人間の選好)でこの口調が選ばれている、という仮説に向かう」のような一文を、後段のRLHF的な記述(今回は明示してないが)と接続させる。今のままだと並列して提示しただけで終わっている。
明日の朝会で、後輩にどう答えるかも、まだ決まっていない。
「明日の朝会で〜まだ決まっていない」は#1の「結局そのまま残した」と同じ系の結末様式に近づいている。シライの結末は事務的でいいが、未決の感傷で閉じると前作の口調を再生する。コミットIDが残っているとか、PRの状態が open のままとか、そういう即物的な事実で閉じるほうがシライらしい。
①の所作を成立させるための「持っている個別事例」が、ヒープのどこにもない。
「ヒープ」は#1の第二稿で「ポインタの先に経験のヒープがある」として一度使った比喩。連載二回目で同じ技術アナロジーをそのまま再利用すると、シリーズの語彙在庫が薄く見える。今回は「個別事例のテーブルを参照していない」「データベースの行が一行も引かれていない」など、別の技術アナロジーに振り替える余地がある。
残す:「一般的に」が①②の二種類を運ぶ語であり、AIは②しか出せないのに①に誤読される、という中心線。四社揃って同じ副詞句で口を開ける物証。AI本人に出所を聞いた返答(ヘッジ三段重ね)。シライ自身がプロンプトでその語を出させているという自己反省、およびその一行を抜いたときの副作用(断定の増加)。
削る:①②の解説の冗長な三カード分割、「装置」、「翻訳してしまう」の重複、「ヒープ」の再利用、未決感傷の結末。
加える:朝会と AI への質問の動線をつなぐ一文、四社揃いの物証から評価ループへの仮説接続、結末のコミットID/PR状態など即物的な閉じ。