ワタナベ(65歳・元会社員)
私が新卒で働き始めた頃、給料はいつも地元の「東郷銀行」へ振り込まれた。重厚な木のカウンターに、黒々とした電話機が鎮座し、担当者はそろばんを弾きながらテキパキと手続きを進めた。通帳の表紙には、楷書体で「東郷銀行」と印刷され、その書体一つにも地域の歴史と矜持が宿っているように感じたものだ。
それが一変したのは、平成に入ってからのこと。通勤途中に見た駅前の支店看板が、ある日突然「名古屋中央銀行」へと変わっていた。最初は「ああ、東郷が吸収されたのか」とぼんやり思っただけだったが、そのうち「名古屋中央」も「セントラルファイナンス」とかいうカタカナの名前になり、しまいには「ミッドランドホールディングス」の一部と説明された。もはや、私の知る銀行とは別物だった。
預金や貸付だけでなく、投信、保険、それこそ何でも扱うという。窓口の若い行員は、流れるような口調でリスクとリターンを説明し、パソコンの画面にグラフを映し出す。彼らの話す言葉は論理的で淀みない。しかし私は、ただ「昔はもっと単純だった」という、言い訳にもならない思いばかりが胸中に広がる。合理性も効率も理解はできるが、私の感覚とはずれているとしか言いようがない。
かつて「日本勧業銀行」という名があった。重厚な筆文字が記憶に残る。日本の産業を支えたその名残りは、今やどこにも見当たらない。三井住友だとか、三菱UFJだとか、どこもかしこも似たようなアルファベットの羅列。支店の入口に立つ獅子の像も、かつては誇らしげだったが、今やただの置物に見える。あの獅子にも、もう少し歴史の重みがあったはずだ。
最近、久々に新しい支店へ足を運んだ。フロアは光沢のある真っ白なタイル、カウンターの仕切りは半透明のアクリル板、窓口の女性は、皆同じような声で、淡々と、業務をこなす。まるで空港のチェックインカウンターのようだ。かつては窓口のおばちゃんが「あら、ワタナベさん、お子さんお元気?」なんて声をかけてくれたのに。そんな声はもう、どこにもない。あの頃の銀行は、もっと人肌の匂いがしたと、私は断言する。
新しい時代が築かれているのは承知している。効率と合理性が最優先されるのだろう。しかし、私の通帳には「東郷銀行」の名が深く刻まれている。そして、その通帳を手に、次にATMの画面に向かうとき、私は自分の手のひらに残る、かすかな紙のざらつきに、もう会うことのない昔の面影を探してしまう。この指先の記憶だけは、どの「フィナンシャル」にも上書きできない。