ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
マンションポエムの収集途上で、私はもう一つの定型文アーカイブを作っている。クレームメールである。不動産広告とは真逆の場所で、同じくらい強固な型が流通している。
BtoBのクレームメールでも、通販サイトへの消費者クレームでも、分解すると必ず三つの幕が現れる。第一幕は事実確認の要求、第二幕は感情の表明、第三幕は補償要求。順番は崩れることがあっても、要素が欠けることはほとんどない。
第一幕は疑問形で始まる。「納品予定日を過ぎておりますが、現在の状況をご教示いただけますでしょうか」「ご注文番号◯◯について、発送状況のご確認をお願いいたします」。ここで動員される「ご教示」「ご確認」「念のため」は、送り手が冷静であることを宣言する装置である。沈黙や不履行を文面に固定化し、後で「三度確認したのに返答がなかった」と引用可能な証拠へ変える。メールは非同期メディアだから、この手続きが欠けると第三幕の要求が通らない。いきなり補償を求める文は、社内稟議を突破できない。
第二幕で文面のギアが一段上がる。BtoBでは「誠に遺憾です」「看過できかねます」、消費者クレームでは「大変残念に感じております」「非常に困惑しております」。使われる感情語彙は狭い。「遺憾」はもともと官公庁答弁で育った語で、個人の怒りではなく組織としての立場表明を指す。だから私的な激情は「残念」に圧縮され、激昂は「困惑」に翻訳される。ここで感情語を一度挟まないと、読み手は第三幕を「いつもの依頼メール」と誤読してしまう。温度を上げる幕は、論理的には不要に見えて、実務的には不可欠になる。
第三幕で文体は再び敬語に戻る。「つきましては下記のとおりご対応賜りたく存じます」の後に、返金・納期再設定・再発防止策の書面提出・担当者変更などが箇条書きで並ぶ。箇条書きが選ばれるのは、本文に埋め込むと拒否時に全文が否定されるが、項目化しておけば「1は応じるが2は応じられない」という分割交渉が可能になるからだ。温度を下げて要求を並べる構造により、補償要求は「感情的な報復」ではなく「合理的な帰結」として提示される。
興味深いのは、受け手側のカスタマーサポートの返信も同じ三幕構成を取ることだ。「この度はご迷惑をおかけしております(感情)/至急事実関係を確認しております(確認)/確認次第、改めてご対応方針をご連絡いたします(補償の予告)」。送り手と受け手が鏡像の三幕で応答し合うことで、個別のトラブルは制度化された往復書簡になる。
マンションポエムは「光・風・邸宅」の三幕で、買い手に購入の正当化を提供する。クレームメールは「確認・遺憾・善処」の三幕で、送り手に要求の正当化を提供する。どちらも定型は感情の隠蔽装置ではなく、個人の衝動を社会的に通用する文面へ変換する翻訳機である。定型が嫌われるのは、それが空疎だからではなく、あまりによく機能するからだ。