裁判記録のポエム
——尋問速記の四つの婉曲

※本エッセイはすべて創作です。登場する事件・速記録・人物・出来事はすべて架空のものであり、実在のいかなる事件・個人・組織・記録とも関係ありません。

前回、判決文の量刑判断がポエムの楽園であることを書いた。続きがある。判決文よりもう一段手前に、もうひとつのポエマイゼーションがある。公判調書(裁判の公式記録)、なかでも被告人・証人の発話を文字に落とした尋問速記録だ。

判決文は、裁判官が机の上で書く。時間をかけて整える。しかし尋問速記録は、法廷で声が発せられた瞬間に、書記官の指の下で文字に変わる。生の声が活字になるまでの距離が、いちばん短い文書である。にもかかわらず——というより、その距離が短いからこそ——そこには独特のポエマイゼーションが起きている。

架空の事件を一つ立てる。商品横領被告事件(被告人A、令和〇年(わ)第〇〇〇号)。これから引く速記録は、すべてこの架空事件のものだ。実在の事件・記録とは関係がない。

裁判長:被告人は、令和〇年〇月、勤務先倉庫から商品を持ち出したことに間違いありませんか。
被告人:……はい、と申し上げますか、ええ、そうです。
裁判長:はっきり答えてください。
被告人:はい。

「はい、と申し上げますか、ええ、そうです」——この発話を、書記官はどう書くか。「はい」と書くか。「『はい』と申し上げます」と書くか。あるいは三点リーダで間を残すか。法廷の声が、文字になるまでに、すでにいくつかの選択がある。

一.「と申し上げますか」の婉曲

商品横領被告事件、第三回公判、被告人質問。検察官の主尋問が始まる。

検察官:被告人は、倉庫の鍵を、勤務時間外も自由に持ち出せましたか。
被告人:それは、まあ、そうだと申し上げますか、ええ、できなくはなかったかと思います。
検察官:「できた」ということでよろしいですか。
被告人:はい。

「そうだと申し上げますか、ええ、できなくはなかったかと思います」。被告人の発話は、たぶん30秒ほどある。日本語話者が、断定を避けるときに使う典型的な戻し技だ。「申し上げますか」は仮定。「できなくはなかった」は二重否定。「思います」は推量。三層の婉曲が積まれている

速記録に残るのは、この長い発話を経由した「はい」のほうである。検察官が「『できた』ということでよろしいですか」と確認し直し、被告人が「はい」と答える。書記官の手元では、最終的に「できた」が事実として確定する。前段の「申し上げますか、ええ、できなくはなかったかと思います」は、ある書記官は丁寧に書き起こし、ある書記官はバッサリ落として「はい」一語にする。落としても職務上は誤りではない。確認尋問で再回答が取られているから、訴訟法上は等価だ。

等価ではないものがある。被告人が30秒かけて辿った言いよどみの形。「鍵を自由に持ち出せた」と認めることが、この人にとってどれだけ重い言葉だったか。30秒の長さは、言葉の慎重さの長さだった。それが「はい」二文字に圧縮される。圧縮率は実質ゼロにも、無限大にもなる。書記官の指先で、それが決まる。

これがひとつめの婉曲だ。法廷で起きたことのうち、文字になる部分と、ならない部分。声の長さと、活字の長さの、非対称な交換レート。

二.発話と沈黙の境界

速記録には、声でないものが、声と並んで記録される。

弁護人:被告人、あなたが商品を持ち出した日のことを、もう一度教えてください。
被告人:(沈黙)
弁護人:被告人?
被告人:(言葉に詰まる)すみません、ちょっと、(涙)
裁判長:被告人、落ち着いてからで結構です。
被告人:(しばらくして)はい、あの日、私は、

括弧の中で起きていることが、いちばん多い。「(沈黙)」「(言葉に詰まる)」「(涙)」「(しばらくして)」——書記官は、声でない出来事を、括弧つきの動作として記録する。発話ではないから、地の文では書けない。記録しないわけにはいかないから、括弧で書く。括弧は、文字でない出来事を、文字の中に飼育する檻である

檻には、隙間がある。たとえば「(沈黙)」が何秒の沈黙だったかは、書記官の裁量で書かれることもあれば、書かれないこともある。「(しばらくして)」の「しばらく」が10秒なのか1分なのかは、検証できない。「(涙)」が一筋なのか嗚咽なのかも、検証できない。文字になったあとは、すべて等価な「(涙)」になる。

地の発話のほうは、活字どうしの精度で読める。「私は、あの日」と「あの日、私は」では、心理的なニュアンスが違う、というのはわかる。しかし「(沈黙)」と「(しばらくして)」の間にある膨大な階調は、活字の精度では拾えない。階調は、書記官の指の中で粗く丸められる。

だから、ある法廷経験者は言う。被告人尋問でいちばん雄弁なのは、地の発話ではなく、括弧の中であると。地の発話には、定型がある。「はい」「いいえ」「覚えていません」「申し訳ありません」。これらの語の集合は、辞書一冊で網羅できる。しかし括弧の中身は、網羅できない。網羅できないから、書記官の選択になる。書記官の選択を、誰も検証できない。

三.敬語の二重売り

商品横領被告事件、同じ被告人を、検察官と弁護人と裁判長が、それぞれ違う呼び方で呼ぶ。

検察官:Aさん、あなたは倉庫の管理を任されていましたね。
弁護人:被告人、当時の勤務体制について教えてください。
裁判長:被告人、起訴状の事実に間違いはありませんか。

三人の話者が、同じ人に話している。同じ法廷に、同じ時間に、同じ椅子に座っている人に。にもかかわらず呼称は三つに分かれる。「Aさん」「被告人」「被告人」。

「Aさん」は社会人としての呼称。検察官は、この人をいったん社会の側に戻して、社会人としての証言能力に基づいて答えさせる。「被告人」は訴訟法上の呼称。弁護人と裁判長は、刑事手続のなかの一当事者として、この人を呼ぶ。同じ人物が、二つの法的位相を行き来する。書記官は、その行き来を律儀に文字に落とす。「Aさん」と書く。「被告人」と書く。同じ人なのに、文字としては別人になる。

判決言渡しの段では、もう「Aさん」は出てこない。判決文ではこの人は最後まで「被告人」だ。ときに「被告人A」になる。社会の側の名前が、判決の段でいったん剥がされる。剥がして、刑を言い渡して、それから刑の確定とともに、ふたたび社会の側に名前が戻ってくる。名前の貸し借りに、見かけ以上の制度的意味がある

これは弁護人の仕事を3年やって、いまも慣れない。被告人質問の途中で、こちらが「被告人」と呼びかけ、検察官が「Aさん」と呼びかける。同じ人の顔が、こちらの呼びかけに対しては少し硬く、検察官の呼びかけに対しては少し緩む。呼ばれ方によって、答え方が変わる。それも記録される。記録された活字を後から読み返すと、誰が呼びかけたかによって発話のテンションが違うことがわかる。呼称は、活字の上にも残響する

四.「異議あり」の文法

法廷で、即興発話としては最も短く、文書としては最も重い言葉がある。

検察官:あなたは、当時、上司から商品の持ち出しを黙認されていたのではないですか。
弁護人:異議あり、誘導尋問です
裁判長:異議を認めます。検察官、質問を変えてください。

「異議あり、誘導尋問です」。8文字。即興で口から出る発話としては短い。短いのに、これが法廷では即時に効力を持ち、検察官の質問を一つ無効化する。日常会話で、知人の発言を即時に無効化する8文字の呪文は、たぶん存在しない。「ちょっと待って」では弱い。「それは違う」では証拠能力に踏み込めない。「異議あり、誘導尋問です」は、刑事訴訟規則の特定条項を背景に持つから、8文字でその場の支配権を握れる。

逆に、これは法廷の外では使えない。家庭で、配偶者の発言に対して「異議あり」と言うことはできない。言えば冗談になる。会議室で、上司の質問に「誘導尋問です」と返すこともできない。返せば反抗になる。言葉は、それが許されている空間でだけ、本来の重さを持つ

速記録の中の「異議あり、誘導尋問です」は、活字としては平凡な8文字だ。前後の文脈を取れば、これが訴訟指揮の運命を変えた瞬間だとわかる。取らなければ、ただの短い発話だ。活字は、空間を運ばない。法廷で発せられたという文脈を、活字は半分しか保存できない。残り半分は、読む側が補う。

謝罪会見の「お騒がせしました」は、どこでも使える。「異議あり」は、法廷でしか使えない。同じ定型句でも、生息域の広さが正反対である。「お騒がせしました」は意味が薄いから広く使える。「異議あり」は意味が濃いから狭くしか使えない。濃度と生息域は、おおむね反比例する

五.書記官の手が止まった3秒

かつて、ある事件で弁護人を務めた。傷害被告事件。被告人質問の終盤、こちらの最終質問だった。

弁護人:あなたは、いま、被害者に対して、どのような気持ちでいますか。
被告人:(しばらくして)……。
弁護人:被告人?
被告人:すみません、ちょっと、答えが、見つからなくて。
弁護人:見つかってからで結構です。
被告人:(沈黙)

速記録にはこう残っている。実際にはもう少し長かった。被告人が「答えが、見つからなくて」と言ってから、こちらが次の言葉を出すまで、たぶん3秒くらい間があった。3秒のあいだ、書記官の指が止まっていた。法廷は静かで、傍聴席で誰かが咳をした。被告人は俯いていた。検察官は手元の資料を一度伏せた。裁判長は被告人の顔をじっと見ていた。書記官の指は、宙に浮いたまま、動かなかった。

その3秒は、速記録のどこにも残っていない。「(沈黙)」と一行に変換された。3秒も30秒も、活字の上では同じ「(沈黙)」になる。咳の音は記録の対象外だ。検察官の手が止まった動作は、地の発話ではないので書かれない。書記官の指が止まったことも、当然書かれない。書記官は法廷の出来事を記録する側であって、自分の動作を記録する義務を負わない。

その3秒の中で、何かが起きていた。何が起きていたかは、上手く言えない。被告人が答えを「見つける」までの待ち時間。法廷の全員が、その待ち時間を共有していた。共有していたのに、文字には残らなかった。共有された無音は、活字に変換できない

後日、判決言渡しの法廷で、被告人がその質問への答えを、改めて読み上げる場面はなかった。判決文には、量刑理由として「反省の態度が見られる」の一行が入っただけだった。あの3秒に立ち会った全員が、その「反省の態度」が何を意味するかを、それぞれの解像度で抱えたまま、別々の事務に戻った。

六.声と文字のあいだの、もうひとつのポエマイゼーション

判決文のポエマイゼーションは、机の上で起きる。書く側に時間がある。形容詞を選び、二重否定を組み立て、定型句を並べる時間がある。だから判決文のポエムは、洗練されていて、テンプレ的で、検出しやすい。

尋問速記録のポエマイゼーションは、もっと手前で起きる。法廷の声が活字になる、その瞬間に起きる。書記官には、形容詞を選ぶ時間も、二重否定を組み立てる時間もない。あるのは、聞こえた音のうち何を文字に落とすかという、即時の取捨選択だけだ。速記録のポエマイゼーションは、選び損ねの形をしている。書ききれなかった部分が、結果として活字の外に蒸発する。蒸発したぶんだけ、活字の中身が薄くなる。

判決文のポエムは、足し算の操作である。事実の隙間にポエムを足す。速記録のポエムは、引き算の操作である。声から文字を引いて、引かれた残りが活字に残る。同じ事件を、引き算と足し算の両方で記録する制度を、刑事司法は持っている。

法廷は声で動いている。記録は文字でしか残らない。声の一部は文字に変換されるが、残りは法廷の天井に向けて消える。法廷の天井は高くて、傍聴席の長椅子は冷たい。冬の朝の法廷では、傍聴席に座っているこちらの背中も、長椅子の冷たさを覚える。覚えても、その温度も、記録には残らない。

判決文を読むときの目と、速記録を読むときの目を、いまは少し変えるようになった。判決文のときは、ポエムを警戒しながら読む。速記録のときは、ポエムが書かれていないところ——括弧の中、書記官が省略したであろう部分、3秒の沈黙が一行に圧縮された箇所——を、警戒しながら読む。書かれていることだけを読んでいては、足りないことがある、と思うようになった。

傍聴席で次の事件を待っているあいだ、隣の席で誰かが咳をする。咳は記録されない。記録されないことのほうが、たぶん多い。

書き手・タナカユウジ(弁護士・横山研外部協力者)

本サイトの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。タナカユウジは架空の書き手です。