葬儀の弔辞で触れない部分(第二稿)
スキャンダル、確執、失敗

アンドウユイ(教務アシスタント)

区民斎場の二階、白い蛍光灯が遺影の額だけを平たく光らせていた。司会者の机には、会葬礼状の束と、折り目のついた弔辞原稿が一枚。読む人は故人の勤務先の部長で、眼鏡を外し、胸のポケットから老眼鏡を出し直してから、「責任感の強い方でした」と始めた。前列の親族はうつむいたまま動かず、後方の元同僚だけが、そこで一度まばたきの回数を増やした。

その人は三年前、研究費の流用で職を失っている。新聞に小さく名前も出た。だが弔辞に残った経歴は、着任した年、立ち上げた講座、雪の日でも一番早く研究室を開けていたこと、卒業式で袴の裾を踏んだ学生に黙って安全ピンを渡したこと、その四つだけだった。問題の年はまるごと抜け落ちていた。略歴の紙でも、二〇一九年から二〇二一年まで不自然に行が空いていた。

その空白に、全員が同じ意味を入れたわけではない。事情を知る元同僚は、部長が「晩年も教育への情熱を失わず」と読んだところで、椅子の背にもたれ直した。事情を知らない学生は、配られた経歴書の年数を指でなぞってから、遺影と紙を見比べた。喪主の娘だけは顔を上げなかった。ここで過去を暴けば真実に近づく、という話ではない。娘の前で、その失職を読み上げる必要はない。弔辞は人物評ではなく、その場を破裂させないための文章だ。

ただし、何を削ってもいいわけではない。失敗そのものを伏せても、失敗のあとに何をしていたかまで消すと、別の暴力になる。この人は大学を辞めたあと、駅前の学習塾で中学生に古文を教えていた。板書は細く、送り仮名だけ妙に大きい癖があったらしい。教え子のひとりが焼香の列にいて、数珠を親指で押し込みながら泣いていた。弔辞はその塾の話に一行も触れなかった。功績に入らない仕事だったからだろう。だが、削るべきなのは世間体を濁す事実であって、その後に結び直された関係ではない。

別れの場に必要なのは、きれいな要約ではない。遺族の今夜を守りつつ、故人が最後の数年をどう人とつないでいたかは渡す。その線引きがいる。肩書のために教壇に立っていた人と、肩書を失ってからも誰かの答案を赤で直していた人とでは、残るものが違う。弔辞が選ぶべきなのは前者の体面ではなく、後者の手の動きだ。会場でほんとうに惜しまれていたのは、経歴書に戻せる名前ではなく、赤ペンの先で「ここは主語が足りない」と書き足した、その癖のほうだった。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。