ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
「ご検討いただければ幸いです」を、三井不動産のコピー「都心に、自邸を持つという思想。」と並べて眺めると、構造が揃っていることに気づく。どちらも、主体・目的語・時制がすべて省略されている。誰が検討し、誰が自邸を持ち、いつの話なのか、文は何も言わない。情報の欠落は事故ではなく、設計である。
この定型句が送られる時、書き手は決裁を求めている。受け手はしかし、肩書によって違う位置で受信する。商社で観察した範囲では、入社三年目までは依頼として読み、期日を推測して返信ドラフトを作る。課長級になると、ボールが自分に渡されたことだけを確認し、判断を保留する。部長以上は、返信不要の社交辞令と読み替える頻度が上がる。同じ十四文字から三種類の行動が出る現象を、私はメールの分光器と呼んでいる。
面白いのは応答側だ。「前向きに検討します」「検討します」「検討させてください」は、辞書ではほぼ同義だが、現場では階調を持つ。観察上、「前向きに」は決裁ルートへの投入意思を伴い、体感として進行側に傾く。「検討します」は受領の確認に近く、進行と停止の中間に宙吊りになる。「検討させてください」は語順上は謙譲だが、即答回避の合図として機能し、結果的に停止側へ寄る。
ここで注目すべきは、この三段階が「肯定的保留・中立的受領・否定的保留」という非対称の並びをなす点である。中立を挟んで両脇に保留が立つ構造は、肯定と否定の対ではない。日本語ビジネス文書は、断りという行為そのものを「検討」という儀礼手続きで包み込む。断りは存在しないのではなく、保留の衣装を着て届く。だから受け手は、実質的な否定を受け取っても、文字面は検討中のまま残り、進捗確認の電話をかけ続ける事故が発生する。
英語圏の同僚に説明すると、"We will consider it" の社交辞令化とは別種だと驚かれる。英語の consider は個人の思考動詞だが、日本語の「検討」は、稟議書・回覧・部門横断会議を含む制度手続きの総称である。ドイツ語の prüfen が検査の制度性を持つのに近いが、日本語の場合、制度の存在自体が文面から省かれる。「検討します」は、個人の行為宣言ではなく、制度の入口に案件を置いた合図なのだ。
マンションポエムが「知性」「邸宅」「思想」といった抽象名詞で主体を隠すように、商用定型句は「検討」で手続きを隠す。隠すことで、書き手は責任を希釈し、読み手に解釈労働を転嫁する。「ご検討いただければ幸いです」の幸いは、誰の幸いかを明示しない。明示しないことが、この文の労働条件である。
次に観察したいのは、「引き続きよろしくお願いいたします」の末尾にある「引き続き」が、いつから始まっていつ終わるのかという問題である。時間の起点と終点を消すこの副詞も、たぶん同じ設計思想の親戚だ。