第二稿(第一稿、研究室4人による建設的批判を経て書き直した版)
本作は、2025年6月13日から24日にかけて起きたイスラエル・イラン12日間戦争を、事実中心に整理した解説エッセイの第二稿である。第一稿への建設的批判(西側視点への偏り、用語選択、専門用語の説明、数字の出典、イラン側視点の不在、民間人被害の扱い)を踏まえて改訂した。情報は筆者の知識範囲(2026年1月まで)に依拠する。
2025年6月13日の未明、イスラエル空軍がイラン領内に対する大規模な軍事行動を開始した。イスラエル側の作戦名は Rising Lion(昇る獅子)。標的はイランの核施設、軍事司令部、防空システム、そしてイラン革命防衛隊(IRGC:Islamic Revolutionary Guard Corps、イスラム革命防衛隊)の指導部であった。攻撃の翌朝までに、IRGC総司令官 ホセイン・サラミ(Hossein Salami)、参謀総長 モハマド・バゲリ(Mohammad Bagheri)をはじめとする高官多数の死亡が報じられた。著名な核科学者数名も殺害されたとされる。
イラン側は即座に「侵略」と公式に位置付け、報復を宣言。弾道ミサイルとドローンによるイスラエル本土への攻撃を開始した。テルアビブ、ハイファなどに着弾があり、イスラエル政府発表で数十人規模の死者が報じられた。アロー(長距離迎撃ミサイル)、ダビデの投石器(中距離迎撃)、パトリオット(短〜中距離迎撃)などの空中防衛システムが多くを迎撃したが、命中したミサイルは住宅地に被害を与えた。
戦闘は12日間続き、6月22日に米国が直接参戦、6月24日に停戦が成立した。
テヘラン、イスファハン、その他主要都市の市民は、12日間、ミサイル警報と空爆の音のなかで生活した。電力・水道・通信のインフラに断続的な障害。地下鉄駅は避難所となり、多数の家族が連夜地下に過ごした。
イラン政府発表で民間人を含む死者は数百人規模。独立検証は困難だが、人権団体(アムネスティ・インターナショナル、Human Rights Activists in Iran など)の推計でも数百人規模が共有された。負傷者は数千人規模とされる。一部の核施設・エネルギー施設・住宅地が損傷した。
海外のイラン人コミュニティは、政権崩壊への期待と、市民の犠牲への懸念で意見が分かれた。亡命イラン人の一部は「外国の軍事力によるレジームチェンジ」に距離を置き、別の一部は積極的に支持を表明した。
この戦争は、突発的に起きたものではない。2023年10月以降の中東情勢の累積の結果として理解される必要がある。
2023年10月7日、ガザを実効支配するハマスがイスラエルに大規模襲撃を行い、イスラエル政府発表で約1,200人を殺害、200人以上を人質に取った。イスラエルはガザに大規模軍事作戦を開始。これに連動して、レバノン南部のヒズボラ、イエメンのフーシ、シリアやイラクの親イラン武装勢力が、イスラエルや米軍標的への攻撃を散発的に行った。これら親イラン勢力の総体を、イラン側は「抵抗の枢軸」(resistance axis)と呼び、西側メディアもこの呼称を採用した。
2024年9月、イスラエルはヒズボラに対する大規模軍事作戦を開始。ヒズボラ書記長 ハッサン・ナスララ(Hassan Nasrallah)と、その後継者と目された幹部多数が殺害された。ヒズボラは事実上、指導部を喪失した。
2024年12月、シリアのアサド政権が反体制派の急進攻撃で崩壊。数十年続いたシリアの親イラン体制が消滅し、イランの陸路補給線(イランからシリア経由でレバノンへ)が断たれた。
2024年4月と10月、イランはイスラエル本土への直接ミサイル攻撃を実施した。イラン革命以来初の正面衝突であり、イスラエルも対イラン本土への限定的報復を行った。両国の直接対決の閾値が、この時点で大きく下がった。
2025年初頭の中東情勢は、過去40年で最もイランに不利な力学だった。「抵抗の枢軸」の主要要素(ハマス、ヒズボラ、シリア・アサド政権)はすべて弱体化または消滅。イラン本体だけが残された状態となっていた。
2025年1月、トランプ第2期政権が発足。対イラン圧力を急激に強めた。経済制裁の強化、核交渉の期限設定、軍事力誇示。一方、イランは核計画を加速し、ウラン濃縮度を兵器級に近づけているとIAEA(International Atomic Energy Agency、国際原子力機関)が報告した。
イスラエルは数年前から対イラン本土攻撃の準備を進めていた。2025年春から、イスラエル空軍は精密攻撃部隊の準備と米国製武装の補充を本格化させた。
6月初旬、米国とイランの核交渉は事実上停滞。6月12日、イスラエル安全保障閣議は対イラン全面攻撃を決定。翌13日未明、攻撃が開始された。
戦闘は10日目あたりで膠着。イスラエルは深く埋設されたフォルドゥ核濃縮施設の破壊を試みたが、イスラエル単独の兵器では十分な貫通力がないとされた。米国の介入が政治的議題となる。
6月22日未明、米国はイランの核施設3箇所(フォルドゥ、ナタンズ、イスファハン)に対する空爆を実施。作戦名 Midnight Hammer(深夜の鎚)。B-2 ステルス爆撃機が米本土から無着陸でイランに到達、GBU-57(地中深くを貫通できる米国製の大型誘導爆弾、Massive Ordnance Penetrator: MOP)を投下。フォルドゥの地下核濃縮施設に対する初の実戦使用となった。
トランプ大統領は同日、「イランの核施設は完全に破壊された(total obliteration)」と表明。これは国内向けの戦果アピールでもあり、その後の情報機関評価との齟齬が政治化した。米国防情報局(DIA: Defense Intelligence Agency)の初期評価では、フォルドゥなどの主要施設の損傷は重大だが、ウラン濃縮の継続能力は完全には失われていない、と分析された。具体的な遅延期間については、評価が機関により分かれた。IAEAは独立検証を要求したが、イラン側は協力を拒否した。
イランは6月23日、米軍カタール基地(Al Udeid 空軍基地)に対する弾道ミサイル攻撃で報復。攻撃は事前に米国とカタールに通告されており、米軍に死者は出なかった。これはイラン側が米国との全面衝突を避けるための象徴的・限定的反撃だった、と分析されている。
6月24日、トランプ大統領が「停戦」を発表。イスラエル・イラン両国が公式に停戦に応じる形で発表された。停戦条件の詳細は公表されていない。両国とも自国の勝利を主張し、戦闘行動の停止に合意した。
戦争は12日間で終結したが、停戦条件、核計画の今後、イラン国内政治の動揺など、多くの問いが残された。
本稿の事実関係は、以下の公開情報源を中心に2026年1月までに公開されたものに依拠する:
個別の数字・人名・作戦名については、複数の情報源の最大公約数として記述している。本稿が誤っている可能性、または2026年1月以降に修正された情報を反映していない可能性がある。
以上が、12日間戦争の経過と、その後に残された主要な問いである。本稿の情報は2026年1月までに公開されたものに依拠する。それ以降の動向については別途の情報源を参照されたい。
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本作は『2025年・イスラエル・イラン12日間戦争』の第二稿。研究室メンバー4人の建設的批判を受けて書き直し。具体的な変更点:(1)章立てを再編、テンプレ構造を圧縮、(2)結語の文学的キメ画「戦争は終わった。戦争が問いかけた問題は、終わっていない」を事実描写に、(3)用語選択を中立化(「奇襲」を「事前通告なしの大規模軍事行動」に、「抵抗の枢軸」を「イラン側が呼び、西側メディアも採用した呼称」と相対化)、(4)「テヘランの12日間(市民の側から)」セクションを新規追加、イラン国内の市民・政府声明・海外イラン人コミュニティの視点を入れる、(5)民間人被害を独立段落で扱う、人権団体の推計を併記、(6)専門用語の初出説明を追加(IRGC、IAEA、GBU-57/MOP、アロー・ダビデの投石器・パトリオット、DIA)、(7)人名のカタカナ+英語併記(ホセイン・サラミ、モハマド・バゲリ、ハッサン・ナスララ)、(8)数字の出所を明記(イスラエル政府発表、イラン政府発表、人権団体推計)、(9)「数か月から数年遅延」を「具体的な遅延期間については、評価が機関により分かれた」のより慎重な記述に、(10)トランプ「total obliteration」発言の政治的文脈を追記、(11)末尾に「主要な情報源」セクションを設け、参照したメディア・国際機関を列挙。解説エッセイとしての中立性・教育的明晰性・事実検証の精度を上げた。