カナイヒロシ(58歳・質屋三代目)
質屋には、額の言えない物も持ち込まれる。市場に相場のない時計、刻印の読めない貴金属、誰かの形見。私の仕事は額を言うことだが、言えない物は、言えないまま客の手に返さなければならない。父はその返し方を「断り方」と呼んで、口上を一つ私に教えた。
金の指輪なら、答えは出る。まず内側の打刻を見る。K18とあれば十八金のはずだ。だがそれだけでは信じない。やすりで端を少し削り、地が金かを確かめ、試薬を一滴落として色を見る。それから天秤に載せる。皿が止まったところが目方で、目方に相場を掛ければ額になる。思い出があろうとなかろうと、金は金だ。皿の止まる位置は、客の事情を知らない。私はこういう品が、少し楽だ。
難しいのは、相場のない物だ。ある日、年配の女が小さな腕時計を持ってきた。文字盤の名は読めたが、相場表に載っていない。同業に二軒問い合わせても、値が返ってこなかった。機械は動いている。革も悪くない。それでも、根拠のない額はつけられない。八万円とも三千円とも言える品は、結局いくらとも言えない品だ。
女は言った。「これは母の形見で、ずいぶん古いものだから、高いはずです」。私は皿を見た。皿は動かない。市場の値と、その人の値は、別の天秤に載っている。私の天秤は、片方しか量れない。それを口に出して言うと角が立つので、私は言わなかった。ただ、額を言えないまま、しばらく時計を手のひらに載せていた。
こういうとき、父の口上を使う。「お取り扱いできません」とは言わない。「うちでは三千円までしか出せません。それでは申し訳ないので」と言う。出せないのではなく、相手に見合う額をこちらが用意できない——そういう言い方に組み替える。買うこともできない、質草に取ることもできない。流れたとき店が売れない品は、預かれないからだ。両方できない、と告げるときほど、この口上が要る。
女は時計を受け取り、持ってきたときと同じ布で、もう一度包んだ。角を合わせ、結び目を二つ作り、それを上着の内側にしまった。来たときより、しまう手つきが深かった。礼の角度も、来たときより低かった。私は事情を読まない。読む欄が帳簿にない。だが手つきは、こちらから見えてしまう。
女が暖簾をくぐって出ていく。さっきまでガラス板の上で査定の対象だった時計が、布に包まれて、また誰かの形見に戻っていく。同じ時計だ。機械も、革も、文字盤の名も、何ひとつ変わっていない。変わったのは、それが置かれた場所が、ガラス板の上から、上着の内側に移ったことだけだ。
三十三年、私は数え切れない額を言ってきた。言えなかった額は、言った額より少ない。だが覚えているのは、たいてい言えなかったほうだ。皿が動かなかった日の、手のひらの重みと、布を包み直す指の速さ。それだけは、帳簿の外に、いまも残っている。