イシカワケンタロウ(健康管理アドバイザー)
医療現場で「インフォームドコンセント」という言葉が浸透して久しいですが、その実践においては、コミュニケーションの難しさを痛感することが少なくありません。専門用語を患者さんにわかりやすく伝えようと努力するあまり、ときに肝心な情報が抜け落ちてしまう、そんな「翻訳事故」に私は幾度となく立ち会ってきました。
例えば、「胃にポリープが見つかりましたが、良性なので心配いりません」という説明です。医師は患者さんの不安を取り除こうと、極めて平易な言葉を選びます。しかし、「良性」という言葉の裏にある「定期的な経過観察の必要性」や「将来的な変化の可能性」といった重要なニュアンスが、その簡略化された言葉の陰に隠れてしまうことがあります。患者さんは「心配ない」という一言で安心しきってしまい、次の受診を促されても「もう大丈夫なんですよね?」と首を傾げる、という状況は決して珍しくありません。
あるいは、生活習慣病の診断で「血糖値が高いので、食事に気をつけてください」と言われたケースを考えてみましょう。「食事に気をつける」というアドバイスは、一見すると分かりやすい表現です。しかし、具体的にどのような食品を避け、どのような栄養素を意識すべきか、どの程度の運動が必要なのかといった詳細が欠けていると、患者さんは何をすれば良いのか戸惑ってしまいます。漠然とした指示は、患者さんの行動変容を促すどころか、無力感や諦めにつながりかねません。
「先生、要するに何なんですか」。簡潔な言葉で安心させようとした医師の意図とは裏腹に、患者さんの心には、最も知りたい本質が伝わっていないというフラストレーションが募ります。表面的な理解と、具体的な行動に結びつく深い納得との間には、時に大きな隔たりがあるのです。
このような情報の翻訳事故は、患者さんの治療への主体的な参加を妨げるだけでなく、自身の健康に対する適切な判断を困難にし、最悪の場合、健康状態の悪化を招くことさえあります。医師は専門家として、科学的根拠に基づいた情報を正確に伝える責務を負います。同時に、患者さんの理解度を測り、どこまで掘り下げて説明すべきかを見極める繊細なバランス感覚が求められます。
私が健康管理アドバイザーとして痛感するのは、単に専門用語を「言い換える」だけでは不十分だということです。大切なのは、患者さんがその情報に基づいて「何をすべきか」「何に注意すべきか」「何が期待できるのか」を明確に理解し、納得すること。言葉の表面的なわかりやすさだけでなく、その背後にある意味合いや具体的な行動指針までが伝わって初めて、インフォームドコンセントは真に機能するのです。
医療におけるコミュニケーションは、専門知識の有無に関わらず、すべての人が等しく自身の健康に関わる重要な決断を下せるよう、橋渡しをする役割を担っています。平易な言葉の向こうに、深い理解と納得がある。その理想を追い求める医療現場での対話に、私はこれからも注目し、サポートを続けていきたいと考えています。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。