年末。研究室の打ち上げ。居酒屋の座敷。
キリシマ「今日は反省会です」
マツモト「反省会じゃなくて告白大会でしょ、これ」
ソノダ「告白っていうか、懺悔?」
タカハシ「忘年会の酒の勢いで言えることを、シラフのまま言わせるの?」
キリシマ「大丈夫。ビール来てます」
フジワラ「じゃあ誰から行きます?」
全員、キリシマを見る。
キリシマ「……私からですか」
キリシマ「先生の出張で、ホテルを手配したんです。立地、朝食、Wi-Fi速度、コンセントの位置まで全部調べて、ここしかないって確信して予約した」
フジワラ「さすがだ」
キリシマ「で、先生に報告したら、『あ、そこ、僕の会員カードあるから自分で取ったほうが安いんだよね』って」
(一同、笑い)
キリシマ「完璧に調べたのに、本人に聞くという最もシンプルなステップを飛ばした。先生のカード番号までは調べられないじゃないですか」
ササキ「察しの限界だ」
キリシマ「聞けばよかった。たった一言、『ご希望のホテルありますか』って」
タカハシ「それ、ササキさんのエッセイで書いてあったやつだね。察して、止まる」
キリシマ「察して、走った。全力で走った」
マツモト「子の遠足のお弁当、ちょっと気合い入れすぎたことがあって」
モチヅキ「どのくらい?」
マツモト「タコさんウインナー、うさぎリンゴ、ブロッコリーの森、チーズの星。映え完璧。インスタに載せたら50いいね」
ソノダ「載せたんだ」
マツモト「載せた。で、子が帰ってきて開口一番、『これ誰の弁当?』」
(一同、沈黙。そして爆笑)
マツモト「いつもの弁当は冷凍食品3種+ミニトマト。あれが『僕の弁当』だったらしい。映え弁当は、僕のじゃない誰かの弁当」
アンドウ「子どもって正直……」
マツモト「50いいねは私のためだった。子のためじゃなかった。気づいちゃった」
イシカワ「同僚の顔色がすごく悪かった日があって」
キリシマ「うん」
イシカワ「『大丈夫ですか? 病院行ったほうが——』って言ったんですけど」
タカハシ「うん」
イシカワ「『昨日カレー食べすぎただけです』って」
(一同、笑い)
シライ「胃もたれで顔色悪くなるんだ」
イシカワ「なる。特にナンおかわり3回した翌日はなる」
マツモト「3回!?」
イシカワ「健康管理アドバイザーとしては、ナンのおかわり回数に介入すべきだったのかもしれない。でもそれはもう、おせっかいの領域」
ソノダ「人のナンに口を出すな」
ササキ「お客さんに『静かなところがいい』って言われて」
キリシマ「はい」
ササキ「山奥の旅館を見つけたんです。レビューに『虫の声しか聞こえない』って書いてあった。完璧だと思った」
ナカムラ「嫌な予感がする」
ササキ「到着後2時間で電話が来た。『Wi-Fiがない』」
ナカムラ「あー」
ササキ「静かなホテルがいい、は、静かなホテルで仕事がしたい、だった。虫の声は静かだけど、メールが送れない静かさは求めてなかった」
フジワラ「言葉の裏を読み間違えた」
ササキ「自分のエッセイで『察して、聞く』って偉そうに書いたのに。察して、走った。キリシマさんと同罪」
キリシマ「仲間」
フジワラ「先生の論文原稿で、説明が薄い段落があって。ここ、もう少し補足が必要じゃないですかって赤を入れたんです」
ハヤシ「うん」
フジワラ「先生が『あ、そこはあえて省いてある。読者に考えさせたいから』って」
ハヤシ「……あるある」
フジワラ「省略にも意図がある。足すことだけがサポートじゃない。書かないという選択を尊重できなかった」
タカハシ「余白も設計のうち、ってことか」
ナカムラ「ウェブデザインでも同じだな。余白を埋めたくなるけど、余白がないと息苦しい」
フジワラ「足す手伝いは得意なのに、引く手伝いがわからない。研究助手としての課題です」
タカハシ「妻の誕生日に——」
マツモト「もう嫌な予感しかしない」
タカハシ「家計的に最も効率的なプレゼントを計算したんです。予算上限、コストパフォーマンス、耐用年数、使用頻度。全部スプレッドシートに入れて」
ソノダ「スプレッドシート!?」
タカハシ「で、『圧力鍋が最適解です。耐用年数10年、使用頻度週3回、一回あたりコスト12円。どうですか』って提案したら」
キリシマ「……」
タカハシ「『そういうとこ』って言われた」
(一同、大笑い)
タカハシ「FPとしては正解なんですよ。耐用年数10年ですよ。でも夫としては——」
マツモト「不正解」
タカハシ「不正解。圧力鍋は翌日、自分で買いに行きました。プレゼントは花にしました」
イシカワ「花の耐用年数は?」
タカハシ「1週間。コスパ最悪。でも正解」
アンドウ「学生さんが『履修登録のやり方がわからない』って来たんです」
カワセ「うん」
アンドウ「説明しようと思ったんですけど、画面見たら締切まであと30分で。焦って、『あ、私がやりますね』って全部代わりにやっちゃった」
カワセ「あー……」
アンドウ「翌年、同じ学生さんが来た。『去年もお願いしたんですけど、また教えてもらえますか』って」
フジワラ「教えてない」
アンドウ「教えてない。やってあげただけ。その学生さんは1年間、履修登録のやり方を知らないまま過ごした」
ソノダ「肩代わりの教科書的な失敗だ」
アンドウ「しかも2年目も締切30分前に来た。学習したのは『30分前にアンドウさんに頼めばいい』という、間違った学習」
キリシマ「3年目は?」
アンドウ「3年目は、締切2日前に呼んで、一緒にやった。時間があれば教えられる。去年の自分は、時間がないことを言い訳にして、楽な方を選んだだけだった」
ソノダ「私も言っていい?」
マツモト「どうぞどうぞ」
ソノダ「ヒナちゃんが育児の悩みを話してくれたことがあって」
マツモト「あー。あの時ね」
ソノダ「子どもが言うこと聞かない、って話を聞いて、私、つい——」
マツモト「『それはポエマイゼーションの変装操作だね』って言った」
(一同、呆然)
ソノダ「育児の愚痴にポエマイゼーション理論を適用した。我ながらどうかしてた」
マツモト「『分析じゃなくて共感がほしかった』って言ったら、3秒くらい固まってたよね」
ソノダ「固まった。分析は得意だけど、黙って聞くのが苦手。相手の話を自分のフレームワークに入れたくなる。それ自体がおせっかいだった」
タカハシ「スプレッドシートと同じ構造だ」
ソノダ「タカハシさんと同罪だった」
ビールが2杯目に入ったあたりで、カワセが言った。
カワセ「結局さ、やりすぎもやらなさすぎもダメで、ちょうどいいところがわからないのが、このシリーズの結論ってことでいい?」
フジワラ「いいんじゃないですか」
アンドウ「ちょっと待って。それ、結論出てないじゃん」
マツモト「19本書いて結論出てないの?」
キリシマ「出てないです」
タカハシ「サブシディア——」
ソノダ「はいストップ。その言葉、今日は禁止。忘年会で横文字使わない」
タカハシ「……要するに、って言おうとしただけなのに」
(一同、笑い)
しばらく笑って、少し静かになって。
誰かが——たぶんマツモトが——小さく言った。
完璧な気配りなんて、たぶん誰もできていない。
だからこそ、失敗を笑い合える仲間がいることが、いちばんの支えなのかもしれない。
3杯目のビールが来た。
横山研スタッフ一同(忘年会にて)