やりすぎた日、やらなさすぎた日
——サブシディアリティの流儀・番外編

年末。研究室の打ち上げ。居酒屋の座敷。

キリシマ「今日は反省会です」

マツモト「反省会じゃなくて告白大会でしょ、これ」

ソノダ「告白っていうか、懺悔?」

タカハシ「忘年会の酒の勢いで言えることを、シラフのまま言わせるの?」

キリシマ「大丈夫。ビール来てます」

フジワラ「じゃあ誰から行きます?」

全員、キリシマを見る。

キリシマ「……私からですか」

告白 01 桐島美咲(秘書)——完璧な手配の落とし穴

キリシマ「先生の出張で、ホテルを手配したんです。立地、朝食、Wi-Fi速度、コンセントの位置まで全部調べて、ここしかないって確信して予約した」

フジワラ「さすがだ」

キリシマ「で、先生に報告したら、『あ、そこ、僕の会員カードあるから自分で取ったほうが安いんだよね』って」

(一同、笑い)

キリシマ「完璧に調べたのに、本人に聞くという最もシンプルなステップを飛ばした。先生のカード番号までは調べられないじゃないですか」

ササキ「察しの限界だ」

キリシマ「聞けばよかった。たった一言、『ご希望のホテルありますか』って」

タカハシ「それ、ササキさんのエッセイで書いてあったやつだね。察して、止まる」

キリシマ「察して、走った。全力で走った」

告白 02 松本陽菜(育児)——映え弁当事件

マツモト「子の遠足のお弁当、ちょっと気合い入れすぎたことがあって」

モチヅキ「どのくらい?」

マツモト「タコさんウインナー、うさぎリンゴ、ブロッコリーの森、チーズの星。映え完璧。インスタに載せたら50いいね」

ソノダ「載せたんだ」

マツモト「載せた。で、子が帰ってきて開口一番、『これ誰の弁当?』」

(一同、沈黙。そして爆笑)

マツモト「いつもの弁当は冷凍食品3種+ミニトマト。あれが『僕の弁当』だったらしい。映え弁当は、僕のじゃない誰かの弁当」

アンドウ「子どもって正直……」

マツモト「50いいねは私のためだった。子のためじゃなかった。気づいちゃった」

告白 03 石川健太郎(健康管理)——顔色診断、外す

イシカワ「同僚の顔色がすごく悪かった日があって」

キリシマ「うん」

イシカワ「『大丈夫ですか? 病院行ったほうが——』って言ったんですけど」

タカハシ「うん」

イシカワ「『昨日カレー食べすぎただけです』って」

(一同、笑い)

シライ「胃もたれで顔色悪くなるんだ」

イシカワ「なる。特にナンおかわり3回した翌日はなる」

マツモト「3回!?」

イシカワ「健康管理アドバイザーとしては、ナンのおかわり回数に介入すべきだったのかもしれない。でもそれはもう、おせっかいの領域」

ソノダ「人のナンに口を出すな」

告白 04 佐々木遥(旅行)——静かすぎた旅館

ササキ「お客さんに『静かなところがいい』って言われて」

キリシマ「はい」

ササキ「山奥の旅館を見つけたんです。レビューに『虫の声しか聞こえない』って書いてあった。完璧だと思った」

ナカムラ「嫌な予感がする」

ササキ「到着後2時間で電話が来た。『Wi-Fiがない』」

ナカムラ「あー」

ササキ「静かなホテルがいい、は、静かなホテルで仕事がしたい、だった。虫の声は静かだけど、メールが送れない静かさは求めてなかった」

フジワラ「言葉の裏を読み間違えた」

ササキ「自分のエッセイで『察して、聞く』って偉そうに書いたのに。察して、走った。キリシマさんと同罪」

キリシマ「仲間」

告白 05 藤原蓮(研究助手)——赤ペンの罠

フジワラ「先生の論文原稿で、説明が薄い段落があって。ここ、もう少し補足が必要じゃないですかって赤を入れたんです」

ハヤシ「うん」

フジワラ「先生が『あ、そこはあえて省いてある。読者に考えさせたいから』って」

ハヤシ「……あるある」

フジワラ「省略にも意図がある。足すことだけがサポートじゃない。書かないという選択を尊重できなかった」

タカハシ「余白も設計のうち、ってことか」

ナカムラ「ウェブデザインでも同じだな。余白を埋めたくなるけど、余白がないと息苦しい」

フジワラ「足す手伝いは得意なのに、引く手伝いがわからない。研究助手としての課題です」

告白 06 高橋誠一(家計)——効率的な誕生日プレゼント

タカハシ「妻の誕生日に——」

マツモト「もう嫌な予感しかしない」

タカハシ「家計的に最も効率的なプレゼントを計算したんです。予算上限、コストパフォーマンス、耐用年数、使用頻度。全部スプレッドシートに入れて」

ソノダ「スプレッドシート!?」

タカハシ「で、『圧力鍋が最適解です。耐用年数10年、使用頻度週3回、一回あたりコスト12円。どうですか』って提案したら」

キリシマ「……」

タカハシ「『そういうとこ』って言われた」

(一同、大笑い)

タカハシ「FPとしては正解なんですよ。耐用年数10年ですよ。でも夫としては——」

マツモト「不正解」

タカハシ「不正解。圧力鍋は翌日、自分で買いに行きました。プレゼントは花にしました」

イシカワ「花の耐用年数は?」

タカハシ「1週間。コスパ最悪。でも正解」

告白 07 安藤結衣(教務)——教えたのではなく、やってあげた

アンドウ「学生さんが『履修登録のやり方がわからない』って来たんです」

カワセ「うん」

アンドウ「説明しようと思ったんですけど、画面見たら締切まであと30分で。焦って、『あ、私がやりますね』って全部代わりにやっちゃった」

カワセ「あー……」

アンドウ「翌年、同じ学生さんが来た。『去年もお願いしたんですけど、また教えてもらえますか』って」

フジワラ「教えてない」

アンドウ「教えてない。やってあげただけ。その学生さんは1年間、履修登録のやり方を知らないまま過ごした」

ソノダ「肩代わりの教科書的な失敗だ」

アンドウ「しかも2年目も締切30分前に来た。学習したのは『30分前にアンドウさんに頼めばいい』という、間違った学習」

キリシマ「3年目は?」

アンドウ「3年目は、締切2日前に呼んで、一緒にやった。時間があれば教えられる。去年の自分は、時間がないことを言い訳にして、楽な方を選んだだけだった」

告白 08 園田真理——分析という名のおせっかい

ソノダ「私も言っていい?」

マツモト「どうぞどうぞ」

ソノダ「ヒナちゃんが育児の悩みを話してくれたことがあって」

マツモト「あー。あの時ね」

ソノダ「子どもが言うこと聞かない、って話を聞いて、私、つい——」

マツモト「『それはポエマイゼーションの変装操作だね』って言った」

(一同、呆然)

ソノダ「育児の愚痴にポエマイゼーション理論を適用した。我ながらどうかしてた」

マツモト「『分析じゃなくて共感がほしかった』って言ったら、3秒くらい固まってたよね」

ソノダ「固まった。分析は得意だけど、黙って聞くのが苦手。相手の話を自分のフレームワークに入れたくなる。それ自体がおせっかいだった」

タカハシ「スプレッドシートと同じ構造だ」

ソノダ「タカハシさんと同罪だった」

結び——ちょうどいい、がわからない

ビールが2杯目に入ったあたりで、カワセが言った。

カワセ「結局さ、やりすぎもやらなさすぎもダメで、ちょうどいいところがわからないのが、このシリーズの結論ってことでいい?」

フジワラ「いいんじゃないですか」

アンドウ「ちょっと待って。それ、結論出てないじゃん」

マツモト「19本書いて結論出てないの?」

キリシマ「出てないです」

タカハシ「サブシディア——」

ソノダ「はいストップ。その言葉、今日は禁止。忘年会で横文字使わない」

タカハシ「……要するに、って言おうとしただけなのに」

(一同、笑い)

しばらく笑って、少し静かになって。

誰かが——たぶんマツモトが——小さく言った。

完璧な気配りなんて、たぶん誰もできていない。
だからこそ、失敗を笑い合える仲間がいることが、いちばんの支えなのかもしれない。

3杯目のビールが来た。

横山研スタッフ一同(忘年会にて)