パパ友が欲しい、と言うつもりで
パパ活と言い間違えた日から、給食のない日のことまで

匿名希望(大学教員・父)

「パパ友が欲しい」と言おうとして、「パパ活」と言い間違えた人の話を、いつだったか聞いた。言ってから三秒くらい固まって、本人が先に笑って、周りも笑って、場が救われた、という話だ。同業の父親として、私はその三秒の沈黙のほうに愛着を覚える。パパ活とパパ友、それぞれの語が持つ距離感と、自分が本当に求めているものとの距離感が、その三秒で静かにすり合わされる。言い直すという作業は、単なる訂正ではなくて、自分がこの語彙にまだ慣れていないと世界に小声で申告する作業でもある。

給食のない日のことを書く。妻はフルタイムで働いている。私もフルタイムで働いている。給食がない日は、私が子どもを迎えに行き、昼食を作って食べさせ、学童に送り届けてから、大学に戻って夕方の講義をする。単純な往復だが、単純な往復はそれでも一日を二つに割る。午前の最後に子どもの口元を拭いた手で、午後の最初にチョークを持つ。拭いた手の感触が、最初のチョークの乾きにちょっとだけ驚く、というような日がある。驚きは毎回で、毎回ほんのりと新しい。

子どもができて、世の中にこんなに子どもがいることに初めて気づいた。親に介護が要るようになって、街にこんなに車椅子が行き交っていることに初めて気づいた。車椅子に気づくと、段差に気づく。段差に気づくと、街の設計そのものが気づかれ方を変える。弱い側に一度立つと、前は見えていなかったものが、まとめて見え始める。優先席で先に立つのは、しばしば、年配の人のほうである。痛みを感じている人ほど、他人に譲る構えを持つ。惻隠の心、という古い語は、頭の中の理屈ではなくて、腰の記憶としての配慮を指しているのだと思う。ここまで書いて、ああ、でも、今日書きたかったのはこのことではなかった、と自分で軌道を戻す。

私の近くには、結婚していない同僚が多い。一度結婚して、いまは別々に暮らしている人もいる。家に小さい子がいる毎日を送っている同僚は、私のいる学科にはあまりいない。これは誰が悪いという話ではなくて、単なる分布の話だ。そのなかで、共働きで子を育てている私は、少数派のほうに属している。少数派であること自体は、べつに不幸な配置ではない。むしろ、少数派は少数派で、見えるものがある。

ただ、外から、「お父様は大学で働かれてるんですね」という一言が、ときどき届く。響きには、「じゃあ時間の融通はつけられますよね」という含みが乗っていることもあれば、乗っていないこともある。どちらが多いかは分からない。分からないのに、乗っていると聞いてしまう自分の耳のほうの状態は、書いておきたい。耳は、疲れている日ほど、乗っていない含みも乗せて聞いてしまう。

職員さんに愚痴を聞いてもらうことがある。職員さんたちは丁寧に共感してくれる。そのうえで、職員さんの勤務契約は、勤務時間で区切られている。時間的な裁量は、裁量労働の教員よりもずっと少ない。学童に送る時間をどう捻出するか、という愚痴を、勤務時間を端正に守っている職員さんにこぼしている、その構図は、字にすると少し変である。変なのだが、職員さんは変と言わずに聞いてくれる。聞いてくれる人がいるということが、こちらの肩を少しだけ下げる。下げてくれた人のほうに、私のほうから何を返せるのか、は、まだ分かっていない。分かっていないが、宿題として背中に貼りつけておく。

さて、これは何の話だったか。パパ活ではなくパパ友の話だった。男親同士のネットワークは、昔はさほど自然に発生しなかったと聞く。時代は変わった。変わったけれど、変わり切ってはいない。保育園や小学校の親コミュニティは、だいたいの場合、先にママたちが切り拓いて、押し広げて、維持してきた空間だ。その空間の中心には、ママたちの生活の文脈から生まれた語彙と、話題の進み方と、助け合いのリズムがある。これは、長い年月をかけてママたちが勝ち取ってきたものだ。勝ち取られた空間は尊い。外から崩す気はないし、崩したいとも思わない。

その空間の中心に合わせて話を始めようとすると、自分の語彙がちょっとだけ合わず、入口で一拍遅れる。遅れる感じは、悪意ではなくて、単純に文脈のミスマッチだ。これは誰のせいでもない。だれかが悪いわけでもない。ただ、そういう場所に自分は後からやってきた、という事実が、一拍分の時間として現れているだけだ。

最近、こう考えるようになった。自分は自分の文脈から話を始めてみればよい。別のネットワークを立ち上げるという大げさな話ではなくて、既にある場所を、借り賃を払って借りるという感じだ。借り賃は、自分の生活の言葉で自分の話をすること、だと思っている。重いテーマを持ち込まなくていい。給食のない日に子どもが何を食べたがるか、昨日は卵焼きに砂糖を入れるか入れないかで娘と議論した、くらいの話からで、たぶん、場の一部になれる。

娘はこの四月に小学校に上がった。あと何回、給食のない日があるだろう。あと何回、校門まで迎えに行く足音を、娘が覚えていてくれるだろう。残された時間は、実のところ意外と短いらしい、と先輩の父親たちが口を揃えて言う。聞いてすぐに信じたわけではなかった。ただ、少しずつ、それは本当なのだろうと思い始めている。三秒固まって「パパ活じゃなくてパパ友」と言い直した人のことを、最近よく思い出す。あの三秒のあと、本人が先に笑ったという、あの笑いの軽さのほうを、私はたぶん真似したいのだと思う。

十年後、二十年後には、男親が親コミュニティの真ん中で普通に喋っている時代が来ているかもしれない。その時代の新米パパ先生から見れば、今日の私の書き方は、「古い時代の遠慮を持ち込むおじさん」に見える可能性がある。見えていい。見えていないと、時代が動いていないということだ。私が古くなることで、新しい人が話しやすくなるなら、それは、地味だが悪くない、私のひとつの仕事になる。古くなる前提で書くことは、実はけっこう気が楽だ。

どう生きればいいか、分からない部分は残ったまま、この文章を畳む。分からないまま、明日の給食のない日には、またエプロンの紐を結ぶ。卵を割りながら、パパ活じゃなくてパパ友、と小さくひとりごとを言って、ちょっと笑う。笑った自分が子どもに見られていなかったか、一応確認する。見られていたら、見られていたでもう一度笑う。そのくらいの軽さで、この話は置いておきたい。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。