シライショウタ(Bot開発エンジニア)
「あなたは〜です」は導入文ではない。出力の候補を先に捨てるための操作だ。ここを取り違えると、役名を足すほど賢くなるように見える。実際は逆で、役名が曖昧なまま増えると、返答はそれらしく膨らみ、仕事は遅くなる。
この癖がよく出るのは、社内Botの初稿だ。いちばん雑なのは「あなたは親切で優秀なカスタマーサポートです」。これで障害報告を投げると、冒頭に気づかいを二行、本文で状況を言い換え、最後に一般論を添える。読んだ気にはなるが、運用担当が知りたい再現条件、影響範囲、回避策が抜ける。役名だけ置いたせいで、回答が接客文に流れる。
同じBotでも、役を「BtoB SaaSの一次切り分け担当」に絞り、続けて「未確認事項は推測で埋めない。最初の三行で発生時刻、影響ユーザー数、暫定回避策を書く」と置くと、文が急に締まる。ここで効いているのは肩書の格好よさではない。捨てる文を決めたことだ。プロンプトは加筆より、削除の設計で当たり外れが決まる。
失敗はもう一つある。コードレビューBotに「あなたは厳格なシニアエンジニアです」とだけ与えたとき、返ってきたのは威圧的な口調と抽象論だった。「保守性に懸念があります」「設計の一貫性を確認してください」と言うが、どの行を直せばいいかは書かない。そこで役名を少し下げ、「Webアプリのレビュー担当。差分を読み、破壊的変更、例外処理漏れ、テスト不足の順で指摘し、各項目にファイル名を付ける」に変えた。すると一行コメントが減り、`billing.ts` の null 判定漏れや `spec/user_delete.test.ts` の欠落が前に出た。芝居が消えると、指摘は具体になる。
だから役名の議論で大事なのは、職業名か機能名かという整理ではない。現場では混ざる。法務担当と書いても、欲しいのは条文比較か、社内説明用の平文か、赤入れ済みの改定案かで文体は変わる。見るべきなのは、役名のあとに何が続いているかだ。任務、禁止事項、出力形式、この三つが抜けた役名は、たいていコスプレで終わる。
「あなたは〜です」が効く場面は狭い。探索範囲を切るには有効だが、精度の責任までは持たない。役名だけで済ませたプロンプトは、会議で主語だけ大きくして中身を配らない資料に近い。読む側はわかった顔をするが、次の操作に移れない。使える一文かどうかは、雰囲気ではなく、その直後に捨てる条件が並んでいるかで決まる。