ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
午後三時、ソノダは東京、中堅広告代理店のコピーライター席にいた。蛍光灯の鈍い光がデスクの資料を照らし、締め切りが迫るマンション広告のコピーは、一行も進んでいなかった。キーボードの埃が指先にまとわりつく感覚が嫌だった。
隣のキムラが、皺だらけの企画書を突き出した。安っぽい紙の感触。新規マンションのキャッチコピー案。「上質がそびえる」と、潰れたゴシック体で印字されていた。キムラは興奮気味に、いかに斬新か、顧客に刺さるかを説いた。ソノダは曖昧に「なるほど」と頷いた。声帯が震えただけだった。
しかし、腹の底で何かが弾けた。笑い声が喉元までせり上がり、寸前で噛み殺した。初めて聞く他人のコピーを、思考を通さず、ただ「異様だ」と身体が反応した。質の良いものが、巨大な建造物のように空に向かって突き立つイメージ。その言葉の異形が、全身に響いた。なぜ、ここまで違和感を覚えるのか、理由を探す前に、生理的な拒絶が先にあった。そして、その不快感が、妙な高揚を連れてきた。それは、抗えない不純な喜悦だった。
帰り道、トートバッグの底に重い手書きのノートが沈んでいた。そこには、昨夜まで呻吟して書いたコピーの断片が汚い字でびっしり。まだ完成せず、陳腐な言葉の羅列にしか見えなかった。自分自身の言葉の軽薄さに、吐き気がした。駅のゴミ箱の前で、ソノダは立ち止まる。
ノートを捨てれば、今日の午後感じた強烈な異物感が、自分を支配する気がした。もう、言葉を生み出す側にいる資格はない。すべてを、その奇妙さのまま観察するだけの存在になる。それは逃避だ。躊躇しながら、ごみ箱の縁に手を伸ばした。しかし、指先が触れる寸前で、何かに背中を押されたように手を引いた。彼女は、まだ捨てなかった。ただ、それが正しい選択だと直感した。
三日後、ソノダは会社を辞めた。手続きは事務的で、別れはあっけない。そして、あのコピーを耳にした日から、今日まで、彼女は「マンションポエム」という奇妙な言葉の連なりを、世界中で探し続けている。それは、奇妙な言葉たちへの、強迫的な愛憎だ。
「上質がそびえる」。
あの言葉は、今も彼女を揺さぶり続ける。