サカモトミユ(学生、放課後の観察者)
体育の見学届。その白い紙には「体調不良」の三文字が書かれている。放課後の職員室前、クラスメイト数人が担任の先生を囲んでいた。私はその隙を見て、近づいていく。
「先生、これ」
紙を差し出すと、先生は他の生徒との会話を途切れさせず、ちらりと私に視線を向けた。その目は一瞬、用紙に書かれた文字を追った後、私の顔に戻る。何も言わない。ただ小さく頷いた。
「体調不良」。その言葉の裏側には、昨夜遅くまで見ていた動画の残像が揺らめいている。体育館の冷たい床に座り込む姿を想像すると、この一枚の紙切れがもたらす解放感は、時に罪悪感を凌駕する。それは一種の免罪符だ。
隣で数学の質問をしていた男子生徒が、私の手元と先生の顔を交互に見た。彼には、この紙の真意が届いているだろうか。私たちの間で交わされる、無言の合図。その瞬間、空間は微かにたわむ。
先生は用紙を無造作に、だが慣れた手つきで机の端のファイルケースに挟んだ。その一連の動作に、特別な感情は読み取れない。ただ日常の事務作業の一部。しかし、その無関心さの中にこそ、長年の経験からくる「知っている」という確信が滲んでいる。生徒の言葉にならない声を、その背後にある文脈から、教師は瞬時に汲み取る。これは紛れもない事実だ。
私は足早に職員室を出た。体育館の方から、バスケットボールの弾む音が遠く聞こえる。今日の見学場所は、図書館の隅。あるいは、屋上への階段の踊り場かもしれない。