サイトウアヤ(求人広告観察者)
買ったモバイルバッテリーの箱に、本体より大きく折りたたまれた紙が入っていた。広げると、半分が「安全上のご注意」だった。赤い三角に「!」のマーク、その下に「警告」、さらに小さく「死亡または重傷を負うおそれがあります」。製品はてのひらに乗る。注意書きはA3を四つ折りにした大きさだった。
箇条書きを上から読む。「分解・改造しないでください」「火の中に投入しないでください」「電子レンジやオーブンで加熱しないでください」。三つ目で止まった。電子レンジで充電器を温めた人が、過去にどこかにいたということだ。いなければ、この一文は書かれない。警告文は、誰かがすでにやったことの記録でもある。やけどや発火の前に、必ず誰かの先例がある。
私は仕事柄、求人票の但し書きばかり読んでいる。「ノルマはありません(※個人目標は設定されます)」「アットホームな職場です」「未経験者歓迎・要普通免許」。求人広告も、起こりうる苦情を先回りして、括弧と※印で封じる。来てから「話が違う」と言われないための、薄い予防線。取扱説明書と求人票は、書いている動機が同じだと思う。事故と退職、どちらも後で揉めないための文章だ。
違うのは「おそれ」という一語の使い方だ。「やけどのおそれがあります」。これは「やけどします」でも「やけどして申し訳ありません」でもない。起きると断定もしないし、起きたことを謝りもしない。可能性だけを置いて、あとは読んだ人の側に渡す。求人票の「個人差があります」と同じ距離の取り方だ。約束はしないが、知らせはした。その中間に立ち続けるための言葉が「おそれ」なのだと思う。
注意書きの命令形は、丁寧なのに有無を言わせない。「〜しないでください」が十四回続く。依頼の形をしているが、断る余地はない。求人広告なら「ご応募お待ちしております」と書いて応募を促すが、警告文は逆に、ほとんどの行動を禁じることに紙面を割く。買わせる言葉と、買ったあとで縛る言葉が、同じ製品の表と裏で別の文体を持っている。
結局、私はバッテリーを充電して、注意書きはたたんで引き出しに入れた。たぶん二度と読まない。それでも「電子レンジで加熱しないでください」の一行だけが残っている。あの一文を書かせた人が、どこかにいた。私はその人のことを少しだけ考えて、レンジの扉を見た。温めないでください、と書かれていなければ、温めようとは思わなかったはずなのに。