車椅子を、勧めるべきか
——26歳ヘルパーの覚書

仕事のあと、ノートに書いていることをそのまま載せます。誰かに読まれるとは思っていなかったので、ですます調が崩れているところもあります。利用者の方のお名前は仮名で、細かいところも少し変えました。

12月3日(火)

カトウさんの家で、また心臓が止まりそうになった。

台所から居間に戻るとき、廊下の段差のところで、カトウさんの左足がちょっとだけ引っかかった。体がふわっと前に傾いて、私は洗い物のトレイを投げ出して、後ろから腰に手を回した。間に合った。間に合ったんだけど、自分の膝が笑っていた。

カトウさんは80歳。一人暮らし。ご主人を3年前に亡くして、娘さんは大阪。膝が悪くて、人工関節の手術はもう年齢的に勧めないと主治医に言われている、と以前話してくれた。

「大丈夫よ、小夏ちゃん。ありがとう」と、カトウさんはいつも通りの声で言った。でも私は、しばらく膝が戻らなかった。

——車椅子、勧めたほうがいいんじゃないか。

帰りの電車でずっとそれを考えていた。家の中だけでも。居間と台所の往復だけでも。そうしたら、転ばない。少なくとも、私が見ていない時間に転んで、誰にも発見されないまま床に何時間も、みたいなことは防げる。

家に帰ったら、父が「おかえり」と言った。父は55歳。若年性認知症の初期。まだ自分で歩ける。いや、歩きたがる。

12月17日(火)

今日、思いきって言ってみた。

「カトウさん、家の中だけでもね、車椅子のほうが安全ですよ」

カトウさんは、湯呑みに手を伸ばしかけていた姿勢のまま、黙った。3秒くらい、本当に止まっていた。それから、ゆっくり湯呑みを持ち上げて、お茶を一口飲んで、「そうねえ」と言った。

それだけだった。

その「そうねえ」には、同意じゃないものが混じっていた。何年もあの家に通っていれば、それくらいはわかる。賛成しているわけじゃない、かといって反対するのも面倒、みたいな、あの「そうねえ」。

帰り道、自分が嫌になった。

私はなんで、あんなふうに言えたんだろう。26歳の私が、80歳のカトウさんに、「あなたの体はもう自分の足で歩けるレベルにない」って、要するにそういうことを言ったんだ。自分の膝じゃないのに。自分の人生じゃないのに。

でも転んで骨を折ったら、そこから寝たきりになるのはよくある話で、私はカトウさんがそうなるのを見たくない。本当に見たくない。だから勧めたかったんだ、と、自分に言い聞かせるように思う。

——でも「見たくない」のは、誰のためなんだろう。

家に帰ったら父が居間で靴下をはこうとしていた。片方の靴下に、小さい毛玉がたくさんついていた。私が買い替えるのを忘れていたやつ。

1月8日(水)

年末年始、カトウさんの家はお休みで、2週間ぶりの訪問だった。

玄関を入ったら、古い布団のにおいがした。これは、掃除をしてない日が続くと出るにおい。娘さんが帰ってこなかったんだな、と思った。

カトウさんは台所で、お茶を入れてくれようとしていた。いつもなら私が先に動くんだけど、今日は少し様子を見ていた。カトウさんは本当にゆっくり、ゆっくり動く。食器棚の湯呑みを取るのに、30秒くらいかけている。ときどき、片手で食器棚の縁をつかむ。

転びかけない。

ゆっくりだから、転びかけない。

私は最近、カトウさんの「ゆっくり」を、リスクとしか見ていなかった気がする。でも、あの「ゆっくり」は、カトウさん自身が80年生きてきて身につけた、自分の体の扱い方なんじゃないか。

お茶が出てくるまで、8分くらいかかった。私は何もせず、テーブルで待っていた。カトウさんが湯呑みを置いて、「お待たせ」と言って、向かいに座った瞬間の顔が、すごくよかった。ちゃんと、家の主人の顔だった。

帰り際、前回勧めた車椅子の話は、どちらからも出なかった。

1月22日(水)

先輩の田辺さんに相談した。48歳、この業界20年。私の事業所で一番尊敬されている。

給湯室で、紙コップのコーヒーを飲みながら、カトウさんのことを話した。車椅子を勧めたけど、たぶんカトウさんは嫌だと思っていて、でも私は転ぶのが怖くて、どうしたらいいか、って。

田辺さんは、しばらく何も言わずにコーヒーをすすっていた。それから、こう言った。

「若い子はね、利用者さんに『何か役に立つこと』を提案したくなるの。でも、提案することと、勧めることは別。提案して、判断は本人に渡す。それが私たちの仕事よ」

コーヒーが変な角度で喉に入って、ちょっとむせた。

私は、勧めていた。提案じゃなかった。「そのほうが安全ですよ」っていうのは、答えを用意して渡すことだった。カトウさんの「そうねえ」の3秒の沈黙は、たぶん、自分で考える余地がないことへの、静かな抗議だったんだ。

田辺さんはこうも言った。「知ってもらう、までが私たちの仕事。使うかどうかは向こうが決める」

家に帰る電車で、ずっと同じことを考えていた。父のことも考えた。父が「散歩に行く」と言ったとき、私は止めない。危ないけど、止めない。なぜなら父は父で、散歩は父の人生だから。

——なんで、カトウさんに対しては、止めようとしていたんだろう。

たぶん、他人だからだ。他人の責任を、自分が引き受けようとしていた。その「引き受け」は、やさしさの顔をした、奪うことだった。

2月5日(水)

今日は、車椅子の話をもう一度した。ただし、違う言い方で。

お茶を飲みながら、世間話のついでに、こう言った。

「カトウさん、この前ね、同僚のおうちの利用者さんで、家の中だけ車椅子を使い始めた方がいらっしゃるらしくて。で、その方、外出のときは自分の足で歩いてるんですって。家の中だけ楽するって、そういう使い方もあるんだなって、私、初めて知ったんですよ」

カトウさんは、ふーん、と言った。

それだけ。

でも、「そうねえ」じゃなかった。「ふーん」だった。それは、情報を自分の中に入れた、という音だった。

あとは何も言わなかった。車椅子の話は、それで終わり。

帰り道、田辺さんの言葉を思い出していた。知ってもらう、までが私たちの仕事。使うかどうかは向こうが決める。

私は今日、カトウさんに「車椅子という選択肢がこの世にある」ということを、勧めずに置いた。そこまでだった。

駅のホームで、父に電話した。「晩ごはん、何食べたい?」。父は少し考えて、「うどん」と言った。父がまだ「うどん」と言えることが、今日はうれしかった。

2月19日(水)

今日、カトウさんのほうから言い出した。

お茶を飲んでいるときに、ふと、「ねえ、小夏ちゃん」と。

「私、ちょっと、あの車椅子っていうの、試してみようかなと思ってるのよ」

私は、湯呑みを持ったまま固まった。

「家の中だけね。お台所までのとこだけ。私、全部あきらめたいわけじゃないの。でも、転んで娘に迷惑かけるのも、それもやだなあって思って」

そうですね、と私は言った。たぶん、そうですね、しか言えなかった。

そのあと、カトウさんは、湯呑みを両手で包んで、私のほうを見ずにこう言った。

「小夏ちゃんがね、私に車椅子を勧めなかったから、私は車椅子を試そうかなって思えたの」

私は、なんて返したらいいかわからなくて、ただうなずいた。

カトウさんは続けた。「勧められると、いやだって言いたくなるのよ。年取るとね、人から何か言われるのが、ちょっとずつ減っていくでしょ。だから余計に、言われると、意地になっちゃう」

私は、ずっとうなずいていた。

家に帰って、父に「ただいま」と言った。父は「おかえり」と言った。それから、テレビを見ながら、「今日、散歩行ったよ」と言った。「気をつけてね」と私は言った。「止めて」とは言わなかった。

ノートの最後に、今日は一行だけ書いた。

——提案された人は、勧められなかったから、自分で選べた。

近藤 小夏