読み合わせ
——テンとマルとコッカの声、その逆ポエマイゼーション

※本エッセイはすべて創作です。登場する条文・人物・出来事はすべて架空のものであり、実在のいかなる個人・組織・法令とも関係ありません。

入庁2年目の春、初めての本格的な「読み合わせ」に立ち会った。

会議室の長机に、A4の条文案が積まれていた。担当の参事官と、もう一人の補佐と、私。三人で囲んで、向かい合う。誰かが原稿を読み上げ、残りの二人が、出来上がった条文(同じものの、別ファイル)と照合する。一文字ずつ、一画ずつ、合っているかを確認する。

参事官が読み始めた。最初の一行で、息が止まった。

「カッコ コッカ ニ オイテ テン 当該各号テン 並びに テン 第二項 テン ……」

テン、テン、テン。マル、コッカ、テンテン。読み上げは、日本語に聞こえなかった。

一.句読点を、声に出す

法令読み合わせには、明確なルールがある。

「、」(読点)は 「テン」。「。」(句点)は 「マル」。それぞれ、原稿に登場するたびに、声に出して読む。

たとえば、こんな条文を読み合わせる。

第一条 この法律は、国民の福祉の増進に資することを目的とする。

これを声に出すと、こうなる。

第一条テン この法律はテン 国民の福祉の増進に資することを目的とするマル

テンが3つ、マルが1つ。それぞれ、原稿の上にあるべき場所に、本当にあるかを確認する。

「、」を「、」のまま黙読するなら、人は読み飛ばせる。けれど、「テン」と声に出して読むと、それが そこにあるかどうか が必ず問われる。読み手と聞き手の両方が、テンの位置を意識せざるを得ない。

二.カッコとコッカ

記号も、すべて声に出す。

「(」は 「カッコ」、「)」は 「コッカ」。「閉じ括弧」の倒置だと聞いた。「カッコトジ」だと、最初の音が「カッコ」と被る。「コッカ」と倒置すれば、開きと閉じが、音として明確に分かれる。

「「」は「カギカッコ」、「」」は「カギカッコトジ」。これは倒置されない。なぜか、と参事官に訊いたら、「慣習でしょう」と笑った。

三.カタカナのニ、ひらがなのに、漢字の二、アラビアの2

同じ音の違う文字は、必ず区別する。

条文に「ニ」と書いてあれば、それが カタカナの「ニ」 なのか、漢字の「二」 なのか、ひらがなの「に」 なのか、声に出すときは字種を明示する。

カタカナのニ 政令で定める日に施行する」
「第漢字の二項 前項の規定にかかわらず」
「(アラビアの2)に掲げる事項」

同じ音、違う文字。耳で聞いて区別できるよう、字種をその場で名乗らせる。

これは、誤字発見の装置でもある。原稿に「カタカナのニ」と書いたつもりが、出来上がったものでは「漢字の二」になっていることがある。読み合わせで「カタカナのニ」と声に出した瞬間、聞き手の手元の条文の字種と一致しなければ、声が止まる。

四.濁点も、テンテン

濁点と半濁点も、読み上げ対象である。

「が」は 「カにテンテン」。「ぱ」は 「ハにマル」。原稿の濁点が、転記の過程で消えていないかを確認するためだ。

「が」と「か」は、声に出せばはっきり違う。けれど、紙の上では、テンテンが2つ、上に乗っているかどうかの違いでしかない。1ミリの違いを、声で再構築する。

五.ロボットの声

読み合わせの声は、人間の声に聞こえない。

抑揚を消し、固有のリズムで、句読点と字種を等分の重さで読む。「第一条テン この法律はテン」と読むとき、「第一条」も「テン」も「この法律は」も「テン」も、声の上では同じ重みで並ぶ。文の意味よりも、文字の存在を確認することが優先される。

意味を取りに行くと、読み飛ばしが起きる。だから、意味から距離を取る。

結果として、読み合わせは、読まないことに似る。声に出すことで、目が文字に滞留する。耳で聞くことで、意味が遅れて入ってくる。意味が来るころには、もう次の行に進んでいる。

意味を消すために、声を出す。

六.逆ポエマイゼーション

このサイトを始めて読んだとき(先日、横山研究室の友人の紹介で)、「ポエマイゼーション」という言葉に、不思議な既視感を覚えた。

ポエムは、意味を膨らませる。「上質がそびえる」と書けば、「上質」も「そびえる」も、実体のないまま、感情だけが膨らむ。書き手は、何も具体的なことを言わずに、読者に何かを感じさせる。意味は、複数の方向へ、開いていく。

法令は、その逆をする。「、」を「テン」と読み、「(」を「カッコ」と読み、字種を一つひとつ名乗らせて、意味を 一つに収束させる。読み手の解釈が広がるたびに、書き手は失敗している。条文は、解釈の余地を、限りなくゼロに近づけたい。

マンションポエムは、書き手が消えても言葉だけが膨らむ装置だった。法令読み合わせは、書き手が消えるまで言葉を絞り込む装置だった。同じ「書き手の消し方」でも、消えた後に残るものが正反対を向いている。

七.家のリビングで、テンと言った夜

あの日の読み合わせは、夕方6時に始まり、夜中1時近くまで続いた。途中、20分の休憩が一度だけあった。

夜中1時前、会議室を出た。机の上の条文案は、参事官が片付けると言って、私を先に帰した。エレベーターは無人で、合同庁舎の廊下も無人で、霞ヶ関の街灯だけが夜のなかにあった。タクシーで帰った。

家に帰ってシャワーを浴び、リビングのソファに倒れ込んだ。ルームメイトのアズミが、台所で皿を洗いながら、何か話しかけてきた。私は、何かを答えた。何を答えたのかは覚えていない。ただ、自分の声に、「テン」 が混ざっていたことは、覚えている。

「あしたテン 早いから」と、私は言ったらしい。アズミが振り返って、「テン?」と聞き返した。何のことか、その瞬間にはわからなかった。

声が、まだ会議室にあった。会議室の声は、家のリビングでは、奇妙に響いた。

法令の世界には、テンとマルとコッカがある。家のリビングには、ない。その境界を、その夜、初めて意識した。

八.残っている声

法令読み合わせは、奇妙な儀式である。声を出すことで、声を消す。意味を取らないことで、意味を保護する。

けれど、それは、必要だった。法令の文字が一つでも違えば、解釈が揺らぐ。揺らげば、適用される側の人々が、不利益を被る可能性がある。誤りを、ゼロに近づける。そのために、声を機械化する。

いまでも、たまに、人と話していて「テン」と言ってしまう。聞き返されて、笑ってごまかす。会議室の声が、まだ少しだけ、残っている。

書き手・アサオ カナエ(元参議院法制局職員、現・大学院生)

本サイトの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。アサオ カナエは架空の書き手です。