アガツマレイコ(62歳・ボタン店主40年)
店の奥に、客から見えない椅子がある。母の代からの椅子だ。その横の棚の、いつも同じ場所に針箱を置いている。場所を変えないのは、暗がりでも手が届くようにだ。ボタンを売る店なのに、針箱が母の代からある。母も、頼まれれば付けてやっていたのだ。
「付けてもらえませんか」と言われると、私はその椅子に客を一度座らせて、上着を脱がせる。預かってこちらで付けるか、本人に付けさせるかは、空いた穴を見てから決める。糸は二本取りにする。一本では子どもの引っぱりに負ける。二本縒れば、しばらく保つ。
出張前のワイシャツを持ってきた人がいた。明日の朝に発つと言う。襟元の下の一粒が、糸ごと飛んでいた。空いた穴を見れば、糸の残りで分かる。引きちぎれた糸は、布のきわでぷつりと切れて毛羽が立つ。すり切れた糸は、痩せて白く粉を吹き、力なく抜ける。この人のは引きちぎれで、毛羽が二方向に跳ねていた。脱ぐとき、襟を持って一気に引き下ろす人だ。事情は聞かない。糸の切れ口が先に言う。生地が薄かったから、糸足は二ミリに立てた。
糸足というのは、布とボタンのあいだに立てる糸の柱だ。高さは留める布の厚みのぶん。これを作らずに留めると、ボタンが布を噛んで生地が引きつる。薄いシャツなら二ミリ、厚いコートなら五ミリ。指がその高さを覚えていて、目をつぶっても二ミリと五ミリは間違えない。把手の塗りの剥げた段を、暗くても開けられるのと同じことだ。
片手を骨折した人が来た。利き手をギプスで固められて、片手では針が持てないと言う。上着を預かって、奥の椅子で付けた。「お代は」と聞かれて、「いいですよ、ボタン買ってもらったから」と答えた。ボタンの代金はもらう。針の手間はもらわない。母もそうしていたのを、私は隣で見ていた。
裁縫をしたことがないという学生も来た。糸の通し方も知らないと言うから、針を渡して隣で見ていた。舐めて縒った糸の先を、三度はずして、四度目で穴に通した。縫い目は間隔がばらつき、糸足を作り忘れて、留めたボタンが布を噛んで皺が寄っていた。けれど留まってはいる。明日いきなり取れることはない。それで充分だ。私は皺のことは言わなかった。
若い父親が、子どもの制服を持ってきた。詰襟の、前から二つ目の金ボタンが取れている。自分で付けてやりたいのだと言う。練習布を一枚渡して、針の持ち方から教えた。鉛筆のようには持たせない。指の腹でつまんで、布に立てる。詰襟の身頃は厚いから、糸足は四ミリ、と数えて立てさせた。三度失敗して、四度目で四ミリの柱が立った。客の少ない昼下がりで、奥の椅子に男の人が座り、針を布に立てていた。母の椅子に座っているのは、もう客ではなかった。
針箱は今日も、奥の棚の同じ場所にある。糸は二本取り、糸足は布の厚みのぶん。先週の学生の皺の寄ったボタンは、まだ留まっているだろうか。先週の父親の四ミリは、子どもの胸でまだ柱を保っているだろうか。それは、もう私の手を離れた。空いた穴は、また誰かが持ってくる。