ボタン付けの、頼まれ
売る店なのに、付けてくれと言われる四十年

アガツマレイコ(62歳・ボタン店主40年)

ボタンを売る店をやっている。母から継いで、私の代で四十年だ。それなのに、ときどき「付けてもらえませんか」と頼まれる。商売は、売るところまでのはずなのに、と思うのだけれど、断ったことはたぶん一度もない。窓の外には街の音が静かに流れていて、店の奥には、いつも針箱がある。

店の奥に、客からは見えない小さな椅子がある。母の代からの椅子だ。針箱はその横の棚の、いつも同じ場所に置いてある。場所を変えないのは、暗くても手が届くようにだ。糸は二本取りにする。一本だと、心もとない。二本縒れば、子どもが乱暴に引っぱっても、しばらくは保つ。

出張前のワイシャツを持ってきた人がいた。明日の朝に発つのだという。襟元の下の一粒が、糸ごとなくなっていた。私はその空いた穴を見て、ああ、と思った。引きちぎれた糸と、すり切れた糸は、残り方が違う。引きちぎれたほうは、布のきわで糸がぷつりと切れて、毛羽が立っている。すり切れたほうは、糸が痩せて、白く粉を吹いたようになって、最後に力なく抜ける。この人のは、引きちぎれだった。きっと、急いで脱ぎ着する人なのだ。事情は聞かない。糸の切れ口が、たいてい先に教えてくれる。

ボタンを付けるとき、糸足というものを作る。布とボタンのあいだに、糸の柱を一本、わざと余らせて立てる。高さは、留める布の厚みのぶんだけ。これを作らないと、留めたときにボタンが布を噛んで、生地が引きつる。出張前の人のシャツは生地が薄かったから、糸足は低く、二ミリほどにした。厚いコートなら、五ミリは要る。この高さの加減は、たぶん言葉では教えられない。指が覚えているのだと思う。

片手を骨折した人が来たこともある。利き手をギプスで固められて、ボタンが片手では付けられないのだ、と困った顔で言った。私はその人の上着を預かって、奥の椅子で付けた。「お代は」と聞かれたから、「いいですよ、ボタン買ってもらったから」と答えた。四十年、ずっとこの返しだ。ボタンの代金はもらう。針の手間は、もらわない。それがいつのまにか、この店の決まりになっていた。

裁縫をしたことがないという学生も来た。一人暮らしを始めたばかりで、糸の通し方も知らないと言う。私は針を渡して、隣で見ていた。糸の先を舐めて縒り、針の穴に通すところから、その子は手が震えていた。けれど、付け終わったときの顔は、少し誇らしげだった。若い人にも、こういう手はちゃんと残っているのだな、と思った。

いちばん覚えているのは、若い父親だ。子どもの制服のボタンが取れて、自分で付けてやりたいのだ、と言った。母親はいない家なのかもしれない、と思ったけれど、聞かなかった。私は練習布を一枚渡して、針の持ち方から教えた。針は鉛筆のようには持たない。指の腹で軽くつまんで、布に対して立てる。糸足を作るところまで、その人は三回失敗して、四回目でできた。昼下がりの、客の少ない時間だった。店の奥の椅子に、男の人が座っているのは、なんだか不思議な眺めだった。

売る店から、直す店へ。頼まれるたびに、この店は少しずつ越境してきたのだと思う。母は売るだけの人だった。けれど針箱だけは、母の代から奥にあった。きっと母も、頼まれれば断れなかったのだろう。ボタン付けの頼まれは、店がその境界を越えていく、小さな印なのだ。

今日も針箱は、奥の棚の同じ場所にある。誰かがまた、空いた穴を持ってくるかもしれない。糸は二本取りで、糸足は布の厚みのぶんだけ。それだけのことを、四十年くりかえしてきた。それでよかったのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。