品評会の、水槽(第二稿)
育てた予言を、他人の目に並べる日

アマミヤコズエ(43歳・錦鯉の養鯉場21年)

春に「墨は出る、紅は沈む」と読み、秋に台で答え合わせをした鯉を、年に一度、他人の目に並べる日がある。品評会だ。私の予言を、私ではない審査員が採点する。場の看板を背負った数匹を、青い水槽の列に放してくる。

出品は会の一週間前に決める。柄で迷うことはない。迷うのは調子のほうだ。出す候補を朝の餌で見る。同じ柄でも、寄ってきて先に口を開ける鯉と、二呼吸遅れて寄る鯉がいる。会場の水槽は場内の池の四分の一しかない。狭い水で色が飛ぶのは、いつも調子の落ちた、二呼吸遅い方だ。だから私は柄を決めた後、三日、餌の寄りだけを見て最後の一匹を入れ替える。

輸送の朝は四時に詰める。酸素袋に鯉と池の水を入れ、口を縛り、発泡の箱に収めて軽トラの荷台に積む。会場まで三時間。荷台に水温計を一本沈めておく。出るとき十六度。最初のサービスエリアで十五度。次で十四度半。三時間で一度半下がるのが、この季節のこの距離の相場だ。下がりすぎたら箱に毛布を足す。私が運んでいるのは鯉ではなく、十六度から動かしたくない一袋の水だ。

会場は青いビニール水槽の列だ。紅白の列、大正三色の列、昭和の列。サイズで桁が分かれ、八十センチ超の大物だけは丸い大水槽に一匹ずつ入る。エアレーションの泡が一斉に鳴り、床は溢れた水で濡れている。私はまず自分の出品番号の札を探して歩く。番号を見つけて鯉を放し、泡の上がる水越しに、肩の墨が浮いて見えるかを確かめる。

審査が始まると、審査員が列の前を歩く。私が見るのは鯉ではなく、審査員の足だ。うちの大正三色の水槽の前で、足が止まった。しゃがんで、五秒。立って、横へ半歩動いて、もう一度しゃがむ。指で水面の上をなぞるように背から尾筒へ目を送り、隣の審査員を呼んで、二人で同じ角度から見た。隣の昭和の水槽は、足が止まらず通り過ぎた。止まった秒数と、呼んだか呼ばないか。結果より先に、足がそれを言う。

自分の審査が済むと、他場の列を歩く。負けた鯉を見るのが、いちばん効く。うちより紅の冴えた一匹が、うちより下に置かれていた。なぜか。背を見ると、肩から尾筒へ向かって体の芯がわずかに右へ流れている。体型だ。色彩は揃い、模様も揃い、最後に分けたのは骨格の真っ直ぐさだった。私はそれを見て、場内に残してある、紅は良いが背の流れたうちの一匹を思い出していた。来年、あれは出せない。

賞は獲った。けれど商売に効くのは賞そのものではなく、後から来る問い合わせだ。あそこが獲ったらしい、と聞いて、バイヤーが番号を控えて連絡してくる。賞状が壁に貼られる前に、池に問い合わせが届く。会期の三日、私は会場で餌をほとんどやらない。狭い水を汚さないためだ。朝晩、各水槽の底に沈んだ糞を網ですくい、酸素の上がりを見て回る。晴れの会場でやっているのも、結局は水の世話だった。

会が終わると、勝った鯉も、出さなかった鯉も、また酸素袋で山を下りる。十四度の袋を十六度の池に浮かべ、二十分、内と外の水温がそろうのを指で確かめてから放す。翌朝、私は賞を獲った一匹にも、出さなかった何百匹にも、同じ柄杓で同じ量の餌をやる。賞状は事務所の壁に貼った。池の縁にしゃがんで餌の寄りを見ていると、どれが勝った鯉だったか、水の中ではもう見分けがつかなかった。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。