選別の、網(第二稿)
養鯉場一年目、三年後の柄を見ろと言われた夏

アマミヤコズエ(43歳・錦鯉の養鯉場21年)

錦鯉を二十一年育てている。春に何十万匹が孵り、夏に数百匹まで絞る。残した鯉は柄になり、残さなかった鯉は餌になる。私の手は、その線を毎日引いている。

二〇〇五年、二十二歳でこの山あいの養鯉場に入った。鯉は餌を食い、糞をし、水を汚し、病気になる。冬には凍えて死ぬ。私が憧れていたのは水面のきらめきだったが、仕事の九割は水と糞と死んだ鯉のことだった。

初夏、親方が私を選別池の前に立たせ、小さな手網を渡した。私はいま柄のはっきりしている稚魚を桶に分けていった。親方が手を止めさせた。「いまの柄を見るな。三年後の柄を見ろ。墨は出る、紅は沈む。選別は予言だ」。

親方は私の桶から一匹をつまみ上げた。背が白く、肩のあたりに薄い灰色がにじんでいる。「これは三年でここが真っ黒になる。残せ」。次に、私が残そうとした、いま鮮やかな紅の一匹を池に戻した。「この紅は浮いてる。沈んで消える」。同じ稚魚を見て、私は現在を、親方は三年後を見ていた。昭和三色の稚魚はまだ墨が薄く、ここから黒が地として湧いてくると信じて残すのだと、その日初めて手で教わった。

夏に選んだ鯉は、山の上の野池に放す。半年、人の目を離れて育つ。秋、池揚げの日が来る。水を落とし、総出で網を引く。私が肩の灰色を見て残した一匹が、網の中にいた。背が真っ黒になっていた。親方の言ったとおり、肩から墨が湧いていた。私が紅で残そうとして親方に戻された一匹は、もうそこにいない。あの紅は、たぶん沈んだのだ。

冬、雪の谷を越えて海外のバイヤーが来た。彼は池の縁にしゃがみ、長く水面を見て、一匹を指差した。私が夏に肩の墨を読んで残した、あの鯉だった。私の予言と、彼の目が、一匹の上で重なった。鯉は木箱に入れられ、海を渡っていった。私はその冬、越冬ハウスで水温を一度刻みで管理し、餌を絞り、白い斑点の出た鯉を毎朝すくい出していた。

二十一年で、私は数えきれない紅を「沈む」と読んで池に戻してきた。当たった予言も、外れた予言もある。沈むと思った紅が三年後に冴えていたこともある。覚えているのは、当たった柄ではなく、外した一匹のほうだ。あの肩の灰色。あの戻した紅。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。