アリヨシケント(26歳・コインパーキングの保守員8年)
閉鎖の朝は、雨上がりだった。八年通った駐車場のアスファルトに、まだ濡れた色が残っていて、なんだか別れを惜しんでいるようにも見えた。コインパーキングというのは、ほんとうは「暫定利用」なのだと思う。土地が売れるまでの、待っているあいだの顔。今日でそれが終わる。
最後の集金から始めた。いつもの集金袋に、いつものように硬貨を移す。八年やってきて、この場所の金庫は、朝に十円玉が偏ることを知っていた。近くの工場の朝礼に間に合わせる車が、七時台に集まる駐車場だった。最後の袋は、いつもより少しだけ軽かった気がしたが、たぶん気のせいだろう。
撤去の作業は、機械を据えたのと逆の順でやる。まず精算機の現金部を空にして、制御の線を抜く。アンカーボルトを工具で緩めると、八年ぶんの重さがふっと持ち上がる。精算機は、整備して別の駐車場へ回されるのだと、技術の人が言った。機械は引っ越すのだ。俺は、引っ越し先までは知らない。
ロック板を外す。床にボルトで留めてあった板を起こすと、その下のアスファルトだけが、八年前の色のまま残っていた。日に焼けていない四角が、区画の数だけ並んでいる。看板を外したあとも同じだった。柱の影になっていた部分が、まわりより白い。場所が、自分のいた跡を、自分で覚えている。
閉鎖の貼り紙は、一週間前から入口に貼ってあった。「当駐車場は◯月◯日をもちまして閉鎖いたします」。それを、毎朝七時過ぎに来ていた一台の主が、車を停めずに窓を下げて読んでいた。月極でもないのに、毎朝の常連だった。読み終えて、彼はそのまま走り去った。どこに移るのか、保守員の俺は知らない。教える立場でもない。
機械をぜんぶ外したあとの土地は、ただの空き地の顔をしていた。精算機も、ロック板も、看板もない、白い跡だけが残ったアスファルト。さっきまで駐車場だったものが、もう何者でもなくなっている。八年、毎日のように来ていた場所が、こんなに簡単にただの地面に戻るのかと、少し呆然とした。
数か月後、巡回ルートの途中に、その土地の前を通る。もうマンションの工事現場になっていて、囲いの向こうで基礎が組まれている。俺は、習慣で、その角にさしかかると少しアクセルを緩めていた。停める車などもうないのに。足が、八年ぶんの減速を覚えていた。体は、頭より長く場所を覚えているのかもしれない。
あの精算機は、今ごろどこか別の駐車場で、また硬貨を数えているのだろう。ロック板は、別の区画で別の車を留めているのだろう。機械は引っ越して、新しい場所の客層を、また硬貨の詰まり方で覚えていく。俺だけが、消えた駐車場の七時台を覚えたまま、次の現場へ向かう。
コインパーキングは、町の待機時間なのだと思う。土地が次の用途を決めるまでの、待っているあいだの姿。だから閉鎖は、終わりではなくて、待機が終わっただけのことなのだ。俺の仕事は、その待機時間に機械を据えて、待機が終わったら機械を外すこと。誰もいない場所の、いちばん最後を見届けること。それが、いまの俺の一日なのだと、いまでは思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。