満車の、センサー
入口の表示は嘘をつかない、という話

アリヨシケント(26歳・コインパーキングの保守員8年)

静かな朝だった。入口の電光表示には「満車」と赤く灯っていた。けれど、いちばん奥の区画は、たしかに空いていた。俺はその一台分の空白を、表示と見比べながら、しばらく眺めていた。表示は満車。現場は空車。どちらかが嘘をついている。

入口の「満車/空車」は、それ自体が見ているわけではない。各区画の床に埋まったセンサーが、車が上にいるかどうかを一台ずつ判定して、その集計を入口の表示に送っている。十二台の駐車場なら、十二個のセンサーの「いる/いない」を足し算しているだけだ。表示は、その足し算の結果をただ正直に灯す。だから表示は嘘をつかない。騙されるのは、いつもセンサーのほうだ。

センサーは超音波やループコイルで、自分の真上に金属の塊があるかを測っている。だから、車がいなくても、上に何かがあれば「いる」と判定する。秋は落ち葉が吹き溜まる。冬は雪が積もる。バイクがするりと抜けて停まれば、車一台分の枠に対して塊が小さすぎて「いない」と読む。隣の区画に斜めにはみ出して停めた車は、二つのセンサーをまたいで、両方を「いる」にしてしまう。表示が狂うとき、原因はたいてい、この四つのどれかだった。

「空車って出てるのに入れないんですけど」というコールが、いちばん多い現場検証だ。原付を飛ばして着くと、たいてい入口表示は「空車」、けれど場内は満車。原因は、はみ出し駐車で片方のセンサーが死んで、空いていない区画を空きとカウントしている。逆に「満車のはずなのに奥が空いてる」のときは、落ち葉か雪が一区画を埋めて、空きを満と読んでいる。表示は嘘をつかない。センサーが騙されているだけなのだ。

雪の日は、一日が雪かきで終わる。区画の中央、床のセンサーの真上だけを、プラスチックのスコップでていねいに掻く。全面を掻く必要はない。センサーが見ているのは真上の一点だけだから、そこさえ出してやれば「いない」に戻る。雪に埋もれた無人の駐車場で、十二個の小さな円だけを掻き出していく作業は、なんだか祈りに似ていた。白い一面に、黒い穴を十二個あけて回る。

ロック板の上に物が落ちていることもある。タイヤ止めの窪みに、誰かが置いていった空き缶。あれもセンサーは塊と読む。集金のついでに拾って回ると、缶の中にはたいてい吸い殻が詰まっていて、置いた人の長さの時間が、そこに溜まっている。捨て方にも、その駐車場の客層が出る。きれいに飲み干して立てて置く場所と、握り潰して投げる場所がある。

動かない車の見分け方も、八年でだいたい身についた。ホイールの内側に、雨の跳ねた泥が乾いて層になっている。ワイパーの根本に、いつのものか分からない枯れ葉が一枚、はさまったまま動かない。フロントガラスにうっすら積もった砂埃に、雨だれの筋だけが何本も走っている。動いていない車には、動いていないぶんの時間が、そのまま積もっている。長期駐車の疑いがある車は、ナンバーと特徴を本部の報告書式に書いて送る。

そして俺はときどき、満車の表示を信じて入口で諦め、Uターンして走り去る車を見ている。本当は、奥に一台だけ空きがあるのに。落ち葉が一区画を埋めているだけなのに。表示は満車。現場は空車。その一瞬を知っているのは、現場に立っている保守員だけだ。教えてやりたくても、車はもう曲がってしまっている。無人の場所の真実は、無人の場所にいる人間にしか見えない。

表示は嘘をつかない。センサーが騙されるだけなのだ。落ち葉に、雪に、バイクに、はみ出した停め方に。俺の仕事は、機械を直すことではなくて、騙されたセンサーの目から、騙しているものを取り除いてやることなのだと思う。誰もいない駐車場で、十二個の目を一つずつ拭いて回る。それが、いまの俺の一日だ。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。