精算機の、詰まり(第二稿)
入社一年目、無人の場所の観察者になるまで

アリヨシケント(26歳・コインパーキングの保守員8年)

一日に二十か所、無人の駐車場を回る。集金と、釣り銭の補充と、「精算機が動かない」のコールへの出動。腰の鍵束で開けられるのは現金部の扉で、その鍵は朝に受け取って夜に返す。八年やってきた。

二〇一八年の春、高校を出てこの運営会社に入った。十八歳。研修は三日。四日目から一人で現場に出された。最初の出動は、出庫しようとした車のバーが上がらない、というコールだった。精算は済んでいるのにロック板が車を認識したまま戻らない。手動でロック板を降ろし、バーを開けた。運転していた人は、車が出るとき軽く頭を下げて、すぐ走り去った。

車が出ていったあと、俺は精算機の前に一人で残された。報告書には原因を書く欄がある。けれど、ロック板がなぜ戻らなかったのか、俺には分からなかった。現金部の鍵は持っていたが、制御の基板は俺の権限では触れない。本社に連絡して、技術の人が来るのを待つしかなかった。新人の俺にできることは、待つことと、待つあいだ何を見るかだけだった。

翌週、先輩が一度だけ同行した。無口な人だった。俺が精算機の表示を覗き込んでいると、先輩は機械の扉ではなく、横の小窓を指して言った。「機械を直す前に、領収書のロールを見ろ。何時に誰が使う駐車場かが分かる」。それだけ言って煙草を吸いに行った。

ロール紙を引き出して、発行時刻の列を上から眺めた。七時十二分、七時十九分、七時二十六分——朝が詰まっている駐車場だった。近くに工場の朝礼がある。昼間は二、三件しかなくて、夜の二十二時台にまた発行が並ぶ駐車場も、別の場所にあった。飲み屋の客だ。ロール紙の発行時刻は、その場所の生活時間だった。

硬貨の詰まり方にも場所の癖がある。朝の駐車場は、投入口で斜めになった十円玉が選別の手前で噛む。夜の駐車場は、酔った手が押し込む五百円が、旧硬貨だと識別を弾かれてリジェクト皿に溜まる。集金で金庫を開けるたび、俺は硬貨の偏りを見るようになった。先輩には何も言わなかったが、ロールと同じことを、硬貨もやっていた。

満空センサーの調整で精算機の足元に屈んでいたとき、後ろで足音が止まった。振り返ると、停めに来た人が半歩下がって、「あ、人がいた」という顔をしていた。無人のはずの場所に人がいる。向こうは気まずそうに会釈して、空いた区画へ車を入れた。あの顔を、俺は今でも何度も思い出す。無人の場所には、人がいないからこそ、人の出入りがぜんぶ残っている。

八年。直したトラブルは数え切れない。覚えているのは、直した機械のことではない。あの朝の七時台の発行時刻と、リジェクト皿の旧五百円玉と、振り返ったときの「あ、人がいた」の顔だ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。