アサギリトモ(39歳・空調設備のメンテナンス17年)
空調の保守を十七年続けている。フィルターを洗い、冷媒を点検し、ドレンの詰まりを抜く。ドレンというのは、エアコンが結露でつくる水を建物の外へ逃がす排水管のことだ。エアコンは部屋を冷やすたびに水をつくる。その水の行き場をつくるのが、私たちの地味な仕事の半分を占めている。
夏になると、天井にシミができたという電話がよく鳴る。茶色く輪になって広がっていく、あの嫌なシミだ。漏電だ雨漏りだと騒がれるが、犯人はたいていドレンである。ホースのどこかで藻やほこりが固まって、逃がすはずの水が詰まり、行き場をなくして天井裏に溢れる。建物は、呼吸ができなくなった肺のように、自分のつくった水で自分を濡らしていく。
会社に入ったのは二〇〇九年、二十二歳の年だった。最初の現場は、雑居ビルに入った飲食店だったと思う。先輩について天井裏に潜った。点検口から首を入れると、埃と、機械油と、どこかかび臭い空気が一度に降りてきた。匍匐前進で梁をまたぎ、懐中電灯でドレンホースをたどっていく。建物の中にこんな世界があるのかと、最初は息をのんだものだった。
その夏、私が忘れられないのは、あるオフィスからの苦情だった。「窓際のあの席だけ、寒くてかなわない」。私は当然、その近くの吹き出し口の温度を測りに行った。設定通りに冷気は出ている。機械はどこも壊れていない。何度測っても異常は出ず、私は途方に暮れて、ただ立ち尽くしていた。
後ろから来た先輩が、私の手元の温度計を見て言った。「苦情を聞くな。苦情の場所を聞け」。意味がわからずにいると、先輩は天井を指さした。「『あの席だけ寒い』は、たいてい機械じゃない。気流の問題だ」。見上げると、吹き出し口の風向きの羽根が、その席のほうへまっすぐ向いていた。少し前にこのフロアは改装で什器の配置が変わったと、店の人が言っていた。冷気の通り道だけが、昔のままそこへ落ちていたのだ。
羽根の角度を変え、風が人の頭ではなく壁を伝って回るようにした。それだけで苦情は止まった。一滴の冷媒も足していない。私はその日、機械を直したのではなく、空気の通り道を直したのだった。建物は、自分の中をどう風が巡るかを、ずっと私たちに訴えていたのかもしれない。
機械室の仕事も覚えた。先輩は、ずらりと並んだ室外機の前に立つと、まず目をつぶって耳を澄ます。「ベアリングが鳴き始めてる」。私にはどれも同じ唸りにしか聞こえなかったが、先輩には一台だけ違う音が聞こえていた。壊れる前に、機械は小さな声で知らせてくる。それを聞き取れるようになるまで、私は何年もかかったように思う。
夏は水漏れと能力不足で呼ばれ、冬は暖まらないと呼ばれる。繁忙の理由は季節で裏返る。けれど「効きが悪い」の原因の半分は、結局フィルターの目詰まりだ。ほこりで目の詰まった網は、空気を通さない。派手な故障より、この地味な真実のほうが、ずっと多くの建物を苦しめている。掃除をするだけで生き返る空調が、世の中にはどれだけあることか。
あれから十七年。私はいつのまにか、空気の通り道の観察者になっていた。人の苦情の向こうに、気流の道を見るようになった。あの夏、先輩がくれた一言が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。天井裏の点検口の奥で、建物は今日も静かに呼吸をしている。私はその呼吸の音に、耳を澄まし続けている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。