「ベスト30日を逃したら」(第二稿)
——"逃す"の中の、見えない主語

タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金の慣用句 — 直観と複利のあいだ』#1

先週、五十代の女性に NISA の運用報告書を広げて見せていた。含み益が出ているのに、解約したい意向だった。私が黙って次の頁をめくると、彼女が先に言った。「でも、ベスト30日を逃したらまずいんですよね」。最近この相談室では、月に何回もこの一文を聞く。私自身も以前は、相手を引き止める文句として使っていた。

表で言われていること——「ベスト30日を逃すと年率リターンが半減する」。JPモルガンの Guide to Retirement が毎年差し替えながら載せている図で、私たちの業界では教科書並みに通用している。直近版でも S&P500 の20年保有で年率は10%前後、ベスト10日を外すと半分以下、30日を外すとマイナスに沈む。営業店の朝礼で、誰もが一度は読み合わせた数字だ。

裏でも同じことが言える——同じ表のすぐ隣に、ワースト数十日を外せばリターンが跳ね上がるという計算があってもいいはずだが、配布資料には載らない。載せる側が、対称性を出すと話の説得力が弱くなることを知っている。最初の不均衡はここにある。

動詞のほうの話——対称性の指摘で止めると、まだ表面しか見ていない。問題は「ベスト30日を逃す」と書く動詞の選び方そのものにある。逃す、には捕まえる相手がいる。バスを逃す、機会を逃す、終電を逃す。捕まえることが原則として可能で、なんらかの理由で取り損なった、という時間構造を持つ動詞だ。

密輸される主語——フルインベストの個人投資家は、ベスト30日に「居合わせている」のであって、「捕まえている」のではない。捕まえる主体としての行為がない。にもかかわらず「逃す」を使うとき、私たちは知らずのうちに、自分が能動的にその日に向かって出かけていける誰かだ、という前提を引き受ける。動詞が、ありもしない主語を後ろから押し込んでくる。

言い換えてみる——「ベスト30日を逃すとリターンが下がる」を、能動の構文をやめて書き直すと、「ベスト30日が来るとき、自分はそこに居るか、居ないか」になる。意味が萎んだように見える。萎んだぶんだけ、元の文が盛っていた能動性の量がわかる。動詞ひとつで、リターンが「居合わせの結果」から「捕獲の成果」に書き換わる。

業界はこの動詞を必要としている——書きながら気づくが、私自身がこの動詞に支えられている人間だ。逃さないために助言が要る、戦略が要る、面談が要る、商品が要る。「居合わせる/居合わせない」と書き直されると、相談料の根拠が薄くなる。客が居続けるのを、居続けるよう手伝うのが私の仕事だが、その「手伝い」の太さは、客に「逃しそうになっている」と感じさせる文言の供給量で決まっている。

NISAの相談に戻る——五十代の彼女に、この動詞の話まではしなかった。対称性の話だけして、最後に一言だけ加えた。「捕まえようとしていたわけじゃないですよね」。彼女は答えなかった。次の面談で結論を持ってくると言って帰った。私は、彼女が解約しても続行しても、自分の助言が同じ重さで残るような言い方を、まだ持っていない。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。原案:ハヤトイト「普通の人が資産運用で99点をとる方法」#41c の Part 4 試験公開項目より。