ハットリチアキ(41歳・空港のバードパトロール11年)
空港で鳥を追う仕事を、十一年している。パトロール車に双眼鏡と空砲を積んで、滑走路の周りを回る。鳥がエンジンに入れば飛行機は落ちる。空の安全は、地面で双眼鏡を構える人間が支えている。
異動は二〇一五年、三十歳の秋だった。初日、先輩のパトロール車で滑走路脇の草地まで来て、双眼鏡を渡された。「あそこ、何羽いる」。私は覗いて、白い鳥を数えた。「七羽です」。先輩は「種は」と訊いた。答えられなかった。先輩は「ムクドリだ。あれは群れる。一羽見たら三十羽いると思え」と言った。
「鳥を見るな。空港を鳥の目で見ろ」と先輩は続けた。「餌があるか、休む場所があるか。いる理由を消すのが本筋だ。追うのは応急処置にすぎん」。私はまだ、追うことしか知らなかった。
次の週から、草地の見方を仕込まれた。草を短く刈りすぎると地面の虫が見えて鳥が降りる。伸ばしすぎると身を隠せて休み場所になる。だから草丈には保つべき高さがあり、事務所の壁に草刈りの計画表が月ごとに貼ってあった。草を刈る日を決めるのも、鳥を追う仕事のうちだった。草と、虫と、鳥は、一本の鎖でつながっていた。
渡りのカレンダーは長年の記録だった。十月にはツグミが増え、冬にはカモが池に寄る。群れる鳥は数で滑走路を覆い、単独の大型——トビやサギ——は一羽でエンジンを止める。だから双眼鏡では、まず数を数えるより先に種を見分ける。何の鳥かで、車を出すか、無線を入れるか、放っておくかが変わる。
滑走路に入るには管制塔への無線がいる。「グラウンド、こちらバードパトロール、ランウェイ三四に入ります」。許可が下りて、車は白線の内側へ進む。最初の頃、私はムクドリの群れに同じ空砲を二発、三発と撃った。一発目で散った群れが、二発目では低く舞っただけで、三発目には電線に戻って羽づくろいを始めた。慣れたのだ。先輩は「同じ音は二度効かない」と言った。音を変え、間隔を変え、撃つ場所を変える。それでも戻る回数を、私は手帳に正の字で数えた。正の字が三本を超えた日は、空砲をしまって草刈りの計画表の前に立った。追うのをやめて、いる理由のほうを見るためだった。
あの初日、私が「七羽」と数えた鳥を、先輩は「三十羽」と読んでいた。数えていたのは私で、見ていたのは先輩だった。十一年たって、私はまだ数を数える。けれど数えながら、いまは草丈を測り、虫の出る朝を覚え、渡りの月を読んでいる。今朝も双眼鏡の中で、ムクドリが草の上を歩いている。十二羽。一羽見たら三十羽。だから私は、車に乗る前に、まず草の丈を見る。