ハットリチアキ(41歳・空港のバードパトロール11年)
春のパトロールは、鳥の顔より口元を見る。誘導灯の架台、格納庫の梁、滑走路灯の周りの草地。三月の終わり、私は双眼鏡で、枯れ草を一筋くわえたハクセキレイが、第七架台へ二度、三度と往復するのを追う。先輩は「巣材を運ぶ鳥を見たら、巣を見たのと同じだ」と言った。私の手帳では、同じ場所への往復が五回を超えたら、その架台を点検対象に上げる。
架台は鳥の一等地だ。雨をしのげて見晴らしがよく、地上のキツネも届かない。だから営巣期には、第一から第十二まで架台を順に点検する。第七のボルトの間に、枯れ草が三本。私はそれを抜く。まだ巣ではない、三本の草。これを抜くのに許可はいらない。架台の上で、いちばん軽い仕事だ。
それでも作られる巣はある。五月、格納庫の梁の上に、点検の網をくぐった巣ができていた。脚立を上げて覗くと、卵が四つ。ここから先は、私の一存では動かせない。鳥獣保護管理法で、卵のある巣の撤去には県への許可がいる。書類を出して、下りるまでにふつう一週間。その間、親鳥は梁に通ってくる。私は双眼鏡で、親の往復を正の字で数えながら、許可の電話を待つ。撤去の判断は、卵が孵る前に下さなければならない。雛が出てしまえば、許可が下りても私は梁に脚立を上げられない。
許可は六日目に下りた。私は早朝、まだ親が戻る前の梁に脚立を上げ、卵四つの巣を箱に移して回収した。決まりの通りだ。脚立を下りるとき、梁の端に親が一羽来て、私を見ていた。私は無線で「第三格納庫、営巣撤去、完了」と入れる。声は平らに出た。十一年で、声を平らに出すことだけは覚えた。
梁や架台は、上から見える。難しいのはヒバリだ。草地の地面に、草と同じ色の窪みを掘って巣にする。上を歩いても踏むまで分からない。草刈りの季節と営巣の季節は、五月で重なる。刈り払い機は、巣を草ごと刈る。
去年の五月、私は南側の草地で、飛び立つヒバリの位置から巣を一つ見つけた。卵が三つ。私は赤い棒を一本、巣から二メートル離して立て、草刈りの班に「棒の周り半径三メートル、刈るな」と頼んだ。班は刈り残した。巣の周りだけ草が伸び、滑走路脇に緑の島ができた。三週間後、雛は巣立った。けれどその夏、私は迷った。緑の島は、次の鳥をまた呼ぶ。守った一巣の周りに、翌年は三巣できるかもしれない。今年の春、私は南側の草地を、ヒバリが来る前の三月に刈った。巣を作る場所を、作る前になくした。赤い棒は、倉庫にしまったままだ。
夏、空港は静かになる。私は脚立を立てて、空になった梁の巣を点検し、撤去していく。来年また同じ梁に作られないように。空の巣を手のひらに乗せると、軽い。卵を回収したあの巣も、同じ重さだった。
パトロール車でフェンスの内側を回ると、外の県道に電柱が立っている。今朝、その上のカラスの巣を、私は双眼鏡で覗いた。親が二羽、雛に何か運んでいる。電柱の下では、ランドセルの子どもが一人、立ち止まって見上げていた。同じ双眼鏡で、私は梁の巣の親を数え、電柱の巣の親を眺める。フェンスの内側で、私は巣を回収する。三メートル外側で、子どもは巣を見上げる。線は、地面に引いてある。私は車を出し、第七架台の点検に戻った。今朝もハクセキレイが、枯れ草を一筋くわえて往復している。三回目だ。