渡りの、季節
空が混む春と秋、よそで頑張れと祈る朝

ハットリチアキ(41歳・空港のバードパトロール11年)

春と秋になると、空港の空が混む。渡りの季節だ。何万キロもの旅をする鳥たちが、ちょうど私たちの滑走路の上を通っていく。地上で双眼鏡を構える私は、その壮大な命の旅路と、人間のつくった空の便とが、同じ空でぶつからないように見張っている。

事務所には、渡りのカレンダーが貼ってある。何月の何週ごろにどの鳥が増えるか、長年の記録が季節ごとにまとめられている。三月の終わりから五月、九月から十一月。そのあたりが山だ。地図の上には渡りのルートが何本も描いてあって、そのうちの一本が、運悪く私たちの空港の真上を通っている。鳥は地図を持たないのに、毎年、迷わず同じ道を来る。その律儀さに、私はいつも頭が下がる思いがする。

渡りの群れには、高く渡る日と低く渡る日がある。風が追い風で、空が晴れて気圧が高い日は、鳥は高度を上げて一気に渡っていく。そういう日は、飛行機の飛ぶ高さと交わらないことも多い。逆に、向かい風で雲が低く垂れこめた日は、鳥は高度を下げ、低いところを這うように渡る。低く渡る日こそ、私たちの出番だ。気象の表とにらめっこして、今日は高いか低いかを読む。

渡りの最盛期には、レーダーにも鳥が映る。管制のレーダーの画面に、本来あるはずのない小さな輝点が、いくつもいくつも、ゆっくり流れていくことがある。あれが群れだ。輝点の流れる向きと速さを見れば、群れがどちらへ抜けるかがおおよそ分かる。機械が鳥を見つけ、人間が双眼鏡で確かめる。空の安全は、そうやって二重に支えられているのだと思う。

最盛期の朝は、特別な警戒態勢が敷かれる。私は地図と時計を並べて見る。離着陸のいちばん多い時間帯と、渡りの群れが上空を抜けていく時間帯が、重なる朝がある。重なると分かったら、シフトを増やし、車を二台出す。地図の上の一本の線と、時刻表の上の数字が、ある一点で交わる。その交点を、私は朝のうちに見つけておかなければならない。

定住の鳥と、通過していく鳥とでは、対策がまるで違う。一年中いるムクドリやカラスは、いる理由を消すのが本筋だ。草を刈り、餌場をなくせば、いずれ来なくなる。けれど渡りの鳥は、追っても追っても次の群れが来る。今日散らした群れは、もう明日にはこの空にいない。かわりに、まだ見ぬ群れが北から、あるいは南から、次々にやってくる。追うより、通り道を読むしかない季節なのだ。

だから渡りの季節、私の仕事はだいぶ管制との会話に変わる。「タワー、こちらバードパトロール、ランウェイ三四北側、渡りの群れ、高度低め、注意願います」。私の出した注意情報は、管制を通じて、これから降りてくるパイロットに届く。私は鳥を撃つかわりに、言葉で空に注意の網を張る。双眼鏡で見たものを、誰かの操縦席まで届ける——それが渡りの季節の、私のいちばん大きな仕事だ。

正直に言えば、私は渡り鳥が嫌いではない。何万キロも旅をする小さな体に、敬意さえ抱いている。ただ、滑走路の上では会いたくない。どうか、ここではないどこかを通ってくれ。よそで思う存分、頑張ってくれ。双眼鏡の中の群れに向かって、私はいつも心の中でそう声援を送っている。会いたくないのに敬意を抱くという矛盾を、私はこの仕事を通じて知ったのかもしれない。

そして季節は過ぎる。十一月の終わり、最後の群れが抜けていったあとの朝、空はふいに静かになる。レーダーに余計な輝点は流れず、注意情報を出す相手もいない。私は双眼鏡を下ろし、ただの青い空を見上げる。よそで頑張れ、が私の仕事なのだ。あの群れたちは、いまごろどこかの空を、迷わず渡っているのだろう。空の静けさが戻ってきた朝、私はそう思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。