タカハシセイイチ(家計アドバイザー)/『お金のことば、家に入る — 家計アドバイザーの、十の夜』#6
生成日: 2026-05-01
十月の火曜の午前、父の三ヶ月に一度の循環器内科の通院に付き添った。市民病院の二階、受付の番号札は四十二番で、私たちの前にまだ十数人いた。待合のテレビは音量を絞って天気図を映し、父はそちらを向いていなかった。父はパンフレットラックの前に立ち、「エンディングノート活用ガイド」を一冊抜いて、椅子に戻ってきた。
パンフレットの捲り方——父はそれを膝に置いて、表紙、目次、本文の最初のページ、と一枚ずつめくった。読んでいる感じではない。指の腹で角を一回ずつ折り、戻し、次へ進む。十二ページくらいでやめて、最後のページの記入欄まで一気に飛ばし、そこを長く見ていた。受付のほうで「三十九番の方」と声がして、機械の呼び出し音が二回鳴った。父は記入欄をまだ見ていた。
父の言葉——父はノートを膝の上で閉じ、ニュースの天気図のほうに少し顔を向けて、半分独り言のように言った。「葬式代だけは残しとくよ、お前らに迷惑かけたくないからな」。声色は冗談めかしていて、語尾が少し上がっていた。私の口は、その瞬間に動きかけた。エンディングノート、生前贈与の枠、整理サービスの値段表。客に向けるときの一連が、勝手に喉まで上がってきた。
「うん」——出かかった一連を飲み込んで、「うん」とだけ返した。父はパンフレットを閉じたまま、もう開かなかった。三秒か四秒、私たちは黙った。テレビの天気予報が、明日は西から雨、と小さく言っていた。私は手の中の番号札を見ていた。四十二、と書かれた数字の角が、指の腹に当たっていた。
父はおそらく別の何かを——父はおそらく「葬式代」と言いながら、別の何かを伝えていた。それが何かは、その場ではわからなかった。職業の口なら、それを助言の入り口にする。今日は入り口にしない、ということだけは、喉のあたりで決まっていた。値段表は手元にあって、それを父に向けて開かない、その動作のなさが、今日の私の仕事だった。
パンフレットはラックに戻った——番号が四十番に進み、父は立ち上がってパンフレットをラックの元の位置に戻した。きちんと一番上の段の、抜いたのと同じ場所に差した。テレビは天気予報からニュースに変わっていた。父は座り直して、「コーヒー飲むか」と言った。私は「あとで」と返した。
診察のあとで——心臓の数値はだいたい三ヶ月前と同じだった。次回は一月、と先生が言って、薬の処方箋が一枚出た。会計を待つあいだ、父はベンチで老眼鏡をかけ直し、薬の説明書を読んでいた。エンディングノートの話も、生前贈与の話も、葬祭費の話も、頭の中には全部並んでいた。並んだまま、口に出さなかった。並んでいる、という感覚だけがしばらく残った。
帰り道で——病院を出て、駐車場まで歩く途中、父は天気の話をした。明日の雨と、来週の冷え込みのこと。私は相槌だけ打った。職業の口で言いそうになった一連は、まだ喉のあたりに引っかかっていた。父の前で出さない、という選択を、もう一度、駐車場の精算機の前でした。
家に帰って、ノートパソコンは開かなかった。机の引き出しの一番下に、職場の整理サービスのパンフレットをしまった。手前には鍵やボールペンが入っていて、その奥に差した。父に勧める予定はない。引き出しを閉めて、私は台所に行き、湯を沸かした。コーヒーは結局、家で淹れた。