ワタナベ(65歳、元会社員、名古屋在住)
娘が東京から連れてきた男を初めて見た時、私の背筋に冷たいものが走った。挨拶のため差し出された彼の掌は細く、爪は短く整えられていたが、指には金属のリングがいくつも光る。スーツは着ていたが、ネクタイは緩く、染めた髪は清潔とは言い難い。娘は隣で「彼、フリーでウェブデザインをやってるの」と紹介した。私は低い声で、こちらの考えを述べた。娘は黙って聞いていたが、最後に一度だけ強い言葉を吐き捨てた。「お父さんには関係ない」。その一言で、その日の夕食は誰も箸をつけることなく終わった。妻は、台所のシンクで深く息をついた。
それから三ヶ月が過ぎた。娘からの連絡は途絶えた。妻が時折、東京の娘と電話で話しているのは知っている。しかし、私が娘の様子を尋ねても、妻はいつも「うん」と短く応じるだけだった。ある日の夕方、妻がリビングで電話を切った後、受話器を置いたまま、小さく呟くのが聞こえた。「あの子、お父さんが電話してくるまで待つって」。妻の横顔は、ひどく疲れているように見えた。私は、庭の盆栽に視線をやり、言葉を失った。
私も「あいつから電話してくるまで待つ」と言い張った。四ヶ月目に入ると、家の電話が鳴るたびに、心臓が大きく跳ねるのを感じた。受話器を取る。長女の声ではないと分かった瞬間、私の喉の奥で、乾いた息が白く詰まる。その度、誰にも気づかれないよう、努めて口元に作り笑いを貼り付けた。その繰り返しだ。
娘の隣にいた彼を見て、私は直感的に「これは違う」と判断した。彼の自由すぎる生活ぶりや、その風貌は、私が長年築き上げてきた堅実な秩序を乱す存在に思えた。娘の将来を案じる親として、世間的に彼のような男を認めるわけにはいかない。妻は、娘も同じ気持ちでいると私に伝えてきたが、私は首肯しなかった。あれは、私の責任だ。
五月末、孫の運動会が近い日。妻が早朝、私の目の前で電話をかけた。受話器の向こうの声は聞こえない。妻は、私が淹れたばかりの茶を一口飲み、小さく唇を結んだ。その表情に、私は初めて、言いようのない重みに押しつぶされた気がした。茶の苦みが、喉の奥に長く残った。