チョウノミナト(39歳・タグボートの船長17年)
朝、会社の事務所のホワイトボードに、その日の航行警報が貼り出される。たいていは工事や訓練の予定で、私はスロットルを握る前にざっと目を通すだけだ。その日の一行は「第三号灯浮標、交換作業」とあった。港の真ん中の、緑のブイを取り替えるという。
第三号灯浮標は、私が毎日その横を通るブイだ。航路の右の縁にいて、夜になると緑の灯りを規則正しく点滅させている。海図の上では小さな丸印だが、海の上では人の背丈ほどの鉄の塔で、波に揺られて少し傾いでいる。十七年、私はその傾ぎを当てにして舵を切ってきた。
午前の作業の最中、出船を一隻押すことになった。航路の途中に、設標船が錨を打って止まっていた。デッキに大きなクレーンを載せた、ずんぐりした作業船だ。クレーンが、玉のついた古いブイを海面からゆっくり吊り上げているところだった。鎖が水を切って上がってくる。私は速力を落とし、引き波を立てないように、設標船の舷側からたっぷり距離を取って回り込んだ。作業船は錨で止まっているぶん、引き波に弱い。揺らせば、宙吊りのブイが振れる。
無線で、設標船から声がかかった。「タグボートさん、徐行ありがとうございます。ご安全に」。私も握って返した。「ご安全に」。海の上の仕事をする者どうし、無線で交わすこの一言には、立場を超えた連帯のようなものがある。同じ水面で働く海の男たちは、言葉にしなくても、互いの仕事を尊重し合っているのだろう。私は少しだけ誇らしい気持ちになった。
その夜、私はまた出船を押した。航路を下っていくと、いつもの場所に緑の灯りがなかった。昼に外されたブイの、代わりがまだ点いていなかったのだ。海図の上では確かにそこにブイがある。だが海の上には、暗い水面が広がっているだけだった。たった数時間、灯りが一つ消えているだけで、港全体が少しよそよそしく見えた。私はいつもより岸の灯りを多く見て、対岸の煙突の赤い灯を頼りに、当てる場所を測り直した。ブイの位置を、私は普段こんなに当てにしていたのかと思った。
月が変わって、港湾の安全会議に出た。年に何度か、海上保安部の会議室で、関係する会社や船が顔を合わせる。配られた資料の最後に、設標の担当として、あの日の作業船の会社の名前があった。会議のあと、名刺交換の列で、一人の年上の男が私のところへ来た。「タグの方ですか。先月、ブイ交換のとき、徐行してくださった」。声に覚えがあった。あの「ご安全に」の声だった。
名刺にはミハマレイジとあった。五十四歳、航路標識の保守員を三十一年。灯台と、海に浮かぶ灯浮標の灯りを守る仕事だという。私が毎日その横を通り、夜には当てにしている、あの緑の灯り。それを点け続けているのが、ミハマさんたちだった。「あの晩、灯りが消えていて落ち着かなかったでしょう」と彼は笑った。「交換のあいだは、どうしても何時間か暗くなる。すまんね」。
私たちはしばらく立ち話をした。私は船を押して、相手の頭がどちらへ振れるかを当てる。ミハマさんは灯りを点して、その灯りで船に位置を教える。私は水面を動かし、彼は水面を照らす。同じ港の、同じ水面を見ているのに、見ているものがまるで違った。彼は「タグの引き波だけは、いつも気にしてます」と言い、私は「あの緑、いつも当てにしてます」と返した。押す側と照らす側。私たちは、同じ水面の違う仕事をしているのだと思った。
その夜、出船を押しに行くと、第三号灯浮標の場所に、新しい緑の灯りが戻っていた。古いものより少し白っぽい、新しいレンズの光だ。点いて、消えて、また点く。海図の丸印が、海の上に戻ってきた。私はその規則正しい点滅を、いつもより長く見ていた。ミハマさんが点した最初の夜の灯りだと思うと、毎晩通り過ぎていた緑が、急に意味を持って見えた。海の上には、押す者と照らす者がいて、私たちは互いの仕事を、暗い水面の上でそっと支え合っているのだ。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。