チョウノミナト(39歳・タグボートの船長17年)
タグボートに乗って十七年になる。長さ四十メートルにも満たない、ずんぐりした船だ。だが馬力だけは桁外れで、自分の何百倍もある巨大なコンテナ船やタンカーを、岸壁に着けたり離したりするのが仕事だ。小さな体で大きな相手を動かす。よく「小さな巨人だな」と言われるが、自分ではそんな大層なものだと思ったことはない。
二〇〇九年、二十二歳のとき、港の曳船会社に入った。最初の半年は甲板で綱ばかり扱っていて、操舵室に上がれたのはその年の冬だったと思う。初めて舵を握らせてもらった日のことは、今でもよく覚えている。窓の外には灰色の海が広がっていて、操舵室には機械油とコーヒーの匂いが静かに満ちていた。
その日、入ってきたのは満載のコンテナ船だった。壁のような船体が、ゆっくりと、本当にゆっくりと近づいてくる。私は岸壁との隙間が詰まっていくのが怖くて、舵とスロットルを目いっぱい動かして、相手の横腹に船首を当て、力任せに押し返そうとした。馬力ならこっちにもある、そう思っていた。
船長が私の手の上に手を置いて、スロットルを戻した。そして言った。「力で押すな。角度で押せ。デカい船は急に止まれないし急に曲がれない。先を読んで当てるんだ」。それだけだった。説明は何もなかった。私はしばらく、その意味を考えていた。
水先人(パイロット)からの無線が、頭の上のスピーカーで鳴り続けていた。「右舷後方、押し方ようそろ」。巨大船にはパイロットが乗っていて、港全体を見ながら指示を出す。私たちタグはその手足になる。船長は無線を聞きながら、ほんの少しだけ船を相手の船尾寄りに当て直した。当てる位置を船尾に寄せると、巨大船はその一点を支点にして、ゆっくりと頭を振り始めた。同じ馬力でも、押す場所が違うだけで、船は回る。船体のどこを押すかで回頭が変わるのだ、ということを、私はそのとき体で知った。
そして、待つ。これがいちばん難しかった。当ててから巨大船が動き出すまでには、長い遅れがある。何千トン、何万トンという重さは、すぐには反応しない。動き出したと思えば、今度は止まらない。慣性という言葉は知っていたが、それを手のひらで支える感覚は、教科書には載っていなかった。私が押したのは数秒前で、効いてくるのは今で、効きすぎないように戻すのはもう少し先だ。常に未来を相手にしている気がした。
その冬、風の強い日の接岸補助も忘れられない。横風を受けた大型船は、放っておけば岸壁に叩きつけられるか、流されて隣の船にぶつかる。船長は風の強さを見て、馬力を一定にはせず、強めたり緩めたりしながら、船を岸壁に「貼りつけて」いった。風と船のあいだの綱引きを、馬力の配分だけで保っている。あれは力ではなく、やはり読みだったのだと思う。
夜の港もいい。岸壁の灯りと、巨大船の舷側にともる作業灯の下で、壁のような船体のすぐ横を、こちらの小さな船が滑っていく。見上げると船の腹しか見えない。ぶつければ一巻の終わりだが、不思議と怖くはなかった。曳航索が巨大船の高い甲板から降りてきて、こちらの甲板員がそれを受け、ビットに掛ける。あの息の合った受け渡しの一瞬が、私はいちばん好きだったかもしれない。
あれから十七年。私はずっと、角度を見る人間になった。岸壁に向かう巨大船を見れば、どこをどの角度で当てれば、どれだけの遅れで頭が振れるかが、自然と見えてしまう。力で動かせるものなど、世の中にはそう多くない。たいていのものは、止まれないし急には曲がれない。だから先を読んで、そっと当てる。あの灰色の海の日に船長がくれた一言が、私をいまの私にしてくれた。操舵室の窓の外では、今日も巨大な船が、ゆっくりと近づいてくる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。