ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
住宅広告の語彙を採集していると、「静謐」「邸」「叡智」のような名詞が全階層に適用できる空洞の器として働いていることに気づく。空洞は便利だ。日常語で同じ芸当をしているのが「大丈夫です」である。私は仕事帰りの電車で、この一語が運ぶ12の荷物を数えた。配列は意味ではなく、音声の差で並べ直す。
①平坦に「大丈夫です、いただきます」。肯定の受諾。後半で方向を確定させる。②頭に「あ、」が付くと拒絶へ反転する。一音の挿入で意味が裏返る現象は、外国語話者に説明するたびに難渋する部位だ。③「大丈夫です、軽いので」と理由を添える場合、相手の善意に傷をつけない緩衝の用法。④語尾を詰めて「大丈夫です、修正済みです」と返すと、懸念を封じる防御になる。
⑤三点リーダ相当の間を挟んだ「……大丈夫です」は諦念を帯びる。病院の待合で痛み止めを辞退するときの、これ以上求めない、という撤退宣言。⑥語尾を伸ばした「大丈夫でーす」は街頭でチラシを遮断するときの盾。視線を合わせない動作とセットで運用される。⑦声を低く、短く切った「大丈夫です」が体調を案じる相手に投げられるとき、話者は概ね大丈夫ではない。境界線を引く用途である。
⑧明朗な「大丈夫です」が承認の意で使われる場面。ビジネス現場で「問題ございません」の短縮形として流通している。⑨「明日までで大丈夫です」という譲歩形。期限を引き伸ばして相手の負担を軽くする、圧力調整弁の機能。⑩小銭を数えながら小声で「あ、大丈夫です」と呟くとき、相手ではなく自分に向けた独白である。対話に擬態した独り言という日本語の癖が露出する。
⑪敬語化して「私のほうは大丈夫です」と距離を再設定する用法。失恋直後の友人が、覆いをかけるように丁寧さへ退避するときに現れる。⑫質問に噛み合わない「あ、大丈夫です」。会話の論点そのものを受け取らない意思表示で、議題から降りる宣言に近い。
12場面を音声で並べ直して見えたのは、「大丈夫です」が意味を運んでいないという事実である。運んでいるのは音価・前置詞的感嘆詞・語尾の処理によって記述される距離の度盛りだ。肯定も拒絶も諦めも警戒も、距離の目盛りを近・中・遠・遮断のどこに置くかの違いでしかない。空洞の名詞で全階層の住戸を売り分ける住宅ポエムと、この一語の運用は同じ方式で動いている。語が空洞なのではなく、空洞こそが機能なのだ。