ドヒカナデ(32歳・点字図書館の点訳校正員10年)
墨字の本が点字になるまでには、何か月もかかる。点訳者が訳し、私たち校正員が二人がかりで確かめ、それから点字プリンターが一粒ずつ打ち込む。だから、世間が発売日に読む本を、点字の読者は数か月遅れて手にする。窓の外には季節がもう一つ進んでいて、点訳室には紙とインクの匂いが静かに満ちている。私の机には、今日も利用者からのリクエストの受付簿が開かれている。
ベストセラーは、リクエストが重なる。同じ新刊の名が、受付簿に何度も並ぶ。墨字なら本屋に積まれている一冊が、ここでは一冊しかない訳す手を、何人もの読者が待つことになる。話題の本ほど、待つ列は長くなる。世の中の流行と、私たちの棚の時間とは、いつも数か月ずれているのだろう。
何を先に訳すか。月に一度、優先順位の会議がある。実用書か、娯楽書か。資格試験の参考書は、試験日が決まっているから急ぐ。試験に間に合わなければ、その本はその人にとって意味を失う。娯楽の小説は、半年待っても物語は変わらない。私たちは受付簿を前に、締め切りのある本から順に手をつけていく。優先順位をつけるという作業には、いつも少し胸が痛むのかもしれない。
同じ本を、二つの館が別々に訳してしまっては無駄になる。だから全国の点字図書館は、サピエ図書館というネットワークでつながっている。新しく訳す本は、まずサピエに登録する。「この本は当館が訳します」と宣言する。誰かがすでに着手していれば、私たちは別の本に回る。一冊の新刊を、どの館が引き受けるか。受付簿のリクエストとサピエの登録欄を、私は毎朝つき合わせる。
「この本、まだですか」。電話が鳴る。半年前にリクエストした新刊の、進み具合を訊く声だ。私は受付簿を繰って、今は校正の段階です、来月には、と答える。約束はできない。校正で誤りが見つかれば、点訳者に戻り、また待つことになるからだ。電話の向こうの沈黙が、長く感じられることがある。世間ではとっくに文庫になっている本を、その人はまだ待っている。
近ごろは、自動点訳の精度が上がってきた。墨字のデータを読み込めば、機械が点字に変換してくれる。速い。けれど機械は、分かち書きを時々まちがえる。固有名詞でつまずく。ルビの読みを取り違える。だから自動点訳が吐き出した点字を、私たちは結局すべて指で確かめる。機械が速くなったぶん、校正に回ってくる量は増えた。技術が進んでも、最後に一粒ずつ確かめる仕事は、なくならないのだと思う。
流行が過ぎてから完成する本もある。話題が去り、世間がもう次の本の話をしているころ、ようやく点字版が棚に並ぶ。それでも借りられていく本がある。逆に、もう誰も借りにこない本もある。流行に乗って何人もがリクエストした本が、完成したときには貸出記録が一行も増えないまま、棚で静かにしている。本が読まれるかどうかは、訳し終わってからでないと分からないのだろう。
けれど、完成の連絡をする日もある。受付簿のいちばん古い一行に印をつけ、私は電話をかける。「お待たせしました、できあがりました」。すると受話器の向こうで、たいてい、こう返ってくる。「待ってました」。半年でも、一年でも、待っていた人の声だ。その三文字を聞くために、私たちは順番をつけ、サピエを繰り、一粒ずつ校正してきたのだ。
本に、順番がある。墨字なら誰もが発売日に読める本を、点字の読者は列に並んで待つ。その時差を、私たちは少しでも縮めようとしている。待たせない努力をすること、それが私たちの仕事なのだ。指先には、今日も、まだ訳されていない一冊の名が灯っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。